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1233 中国の三面記事を読む(523) 中国の一方的な思いなのか「中日友好」 どうして日本で消えてしまったのか? (下)

一厢情愿的中日友好怎一个失落了得

2008-12-29   16:32:48

第二:日本のメディア 中国の悪口を言いたい放題

いわゆる“冷凍ギョーザ中毒事件”を例に挙げると、2008年1月末に事件が公表されるや、日本のメディアは全力をあげて事件を大袈裟に伝えた。 最初の10日間くらいは、“中国毒ギョーザ事件”は、ほとんど毎日、各新聞の一面トップを飾った。 更にテレビとなると、朝から晩まで連日無責任で煽動的な言論を繰り返した。 あっという間に“中国産食品”は“有毒食品”の代名詞となってしまった。 街の人が利用する大小レストランや学校給食まで、次から次と、“中国産の食材や原料は使用しておりません(あるいは中止しました)”といった緊急の張り紙や黒板書きが現われた。 注意すべきは、この“中国食品安全論議”の最中、一部日本のメディアはこれと北京の空気汚染を結び付け、中国のオリンピック開催能力に疑問を呈したり、更に中国人の“国民性”を論じたりした。 内閣府が発表した外交世論調査で、66.6%の回答者が、“中国に好感を持てない”と答え、30年来最高となったのは、このようなマスコミの誘導が明らかに関係している。

こればかりでなく、中日関係の現状と発展に関心を持つ人ならわかることだが、中日首脳が頻繁に相互訪問し、“戦略的互恵関係”を合唱している時、一部の日本のメディアと知恵袋は圧力グループ気取りで、過激な発言をしていた。 表面的には、中国に対する“軟弱姿勢”の“弱腰首相”を非難しているようだが、しかし真剣に分析してみると、実は側面から苦しい交渉をしている日本側代表にノルマを課したり、“首脳会談演出”中で、高い要求を言い出せない首脳の評価をしていた。 有名な大学教授は、北京の東シナ海ガス油田開発問題や“毒ギョーザ問題”、日本の“常任理事国入り”の問題の態度と“戦略的互恵関係”がまるで食い違っていると発言し、露骨に“チベット問題”や“靖国神社参拝問題”を持ち出した。 首相が、相手が喜ばないことをしない(靖国神社に参拝しない)という態度について、この教授は異議を唱え、“外交問題では、時には相手が不愉快に思うこともしないといけない”と語った。

8月のオリンピック直前には、日本のメディアは、“チベット問題”を取り上げることが多かった。

はっきり言うと、中国が独りよがりに“中日友好論”を語っても、“磯のあわびの片思いで日本はつれない素振り”の気まずい雰囲気なのだ。

“交流を強化”しても 万能ではない

今まで述べてきたように中日相互の認識には大きな落差が見られる。 両国はこれをどう埋めたらいいのだろうか? ある人は、“当面の急務は「草の根運動」と「青少年の交流」を強めることだ。 なぜかというと、政治家はどうしても国家利益から見ることしかしないから、本当に率直で誠意ある対話ができない。 民間と青少年が本当の交流を促進することができ、両国の将来の協力に役立つ”と言う。

またある人は、“経済力が何よりも重要です。 中国人が中国の事をうまく運営することができれば、日本人は自然と意識と態度を変え、東アジアの建設に参加するようになる”と言います。

事実に基づいて真実を求め、本分の仕事をしっかりと行えと強調するのは正しい。 しかし経済力による結果を過大評価したり、あるいは楽観的に“船が橋のたもとに着けば自然とまっすぐになる”という考え方は、厳格に言えば、決して積極的態度とはいえない。

戦後ずっと日本とアジア各国との間に毎回摩擦が生じた時、東京が必ず提唱するのが文化交流、民間交流、青少年交流だった。 でもこれが本当に万病を治せるものか、検討する必要がある。 なぜかというと、“交流万能論者”の大前提は、お互いの間に摩擦が起こる主な原因は、互いの間に沢山“誤解”が存在するからだという。

一般的に言えば、接触が増え、交流が重なれば、次第に無用な誤解を減らすことができる、これは正しいことである。 しかし同時に、注意しなければならないことがある。 各種レベルの交流活動が平等と誠意の基礎の上に実施されているかということである。 20年前、善意から、毎年、日本の学生を率い東南アジアの交流に行った日本の教授は、以前、筆者にその交流の失望の結果を話してくれたことがある。 “大部分の学生が帰ってきてからの感想を聞くと、自分が日本人でよかった。日本人として誇りに思う”というものだった。

この日本の教授の例は必ずしも唯一の答とは限らないが、しかしこの中には一つの事実が反映されている。 交流の前と交流の後で、双方が努力すべき事がまだ沢山あることだ。 自分の民族と国家を中心とした思想と民族の優越感をどうしたら捨て去ることができるか? 残酷な史実に向き合い、正しい歴史観を持てるか? これはどうしても避けて通れない基本的な課題である。

数えきれないほどの歴史と現実が証明しているように、日本人の“国民性”は攻撃され批判されると快感を感じることだ。 だから、中国の国家利益を守るためには、日本に対して批判する態度を持つことは、それほど非難さるべきものではない。  

  
第二:日本媒体肆无忌惮诋毁中国。

  以所冻饺子中毒事件,20081月底事件曝光之后,日本大众近乎于全力渲染有事件。在最初的10多天里,中国毒事件天都成条新。至于电视,更是日以夜反复报道其不乏负贡任之煽情言。一刹那中国食品有毒食品的代名。从一般面小市民的大小餐到学校的食堂,纷纷在其著的急布告或小黑板上,声明已停止(或从未使用)中国的食材或配料。得注意的是,在上述中国食品色的气氛中,一部分日本媒体将此与北京的空气染相合,疑中国奥运的能力,或者谈论中国人的国民性。日本内府公布的外交舆论调查发现66.6%的接受调查中国没有好感,达30年来的最高点,然与上述的舆论诱导

  不如此,留意中日状与展的人士不难发现,在中日首脑频繁互访,合唱略性互惠主旋律的同,一部分日本媒体和智囊却以力集自居表激的言。从表面上看,似乎是在抨首相中国的,但真分析,其是在从正在判的日本官正在演出不便提出高要求的首喊价。一名著名学府的教授在数北京对东海油气开发问题问题和日本入常问题度与略性互惠不相配称,便露骨地亮出了西藏牌靖国神社参拜牌任首相表示不做方不高的事(不参拜靖国神社)的度,位教授便持有异,并指出:在外交问题上,有就是不能不令方感到不愉快。

  在8月奥运前夕,日本媒体猛打西藏牌的例子就更多了。

  白了,自以是兼一情愿者的中日友好,只能是落得个落花有意流水无情尬局面。

  交流并非万能

  面着上述相互认识之巨大落差,中日两国作何救?有曰:之急是加草根和青少年之交流。,政治家免要从国家利益角度出,未必能真正做到坦诚对话,只有民和青少年才能促真正的交流,有利两国末来的合作。

  有曰:经济力量倒一切。只要中国人把中国事情好,日本人自然会整心和改变态度,共建东亚之家园。

  强调实事求是做好本分工作是的,但高估计经济力量化所起的作用,或者乐观地抱着船到桥头自然直的心格而言,并非度。

  至于民交流、青少年交流乃至后以来日本与洲各国生摩擦,京必然提倡的文化交流,是不是就真的能医治百病,也有待商。因交流万能者的大前提是彼此之所以生摩擦,主因是彼此存在着多的

  一般而言,多接触、多交流就能逐减少没有必要的会,的。但与此同,人们还得留意,各种层次的交流活是否建立在平等与真的基之上。20年前,一名出自良好的愿望,年率日本学生至交流的日本教授,曾向笔者透露其交流后令人失望的如下果:大部分学生后的反自己作日本人感到幸福和

  名日本教授的例子当然未必是唯一的答案。但从中也反映了一个事:在交流之前与交流之后,双方所要努力的工作很多。如何抛弃以自己的民族和国家中心的思想和民族越感?怎对严酷的史和建立正确的史?仍然是一个怎的基本课题

  而无数的史和现实,日本人的国民性就是被打和批更能们带来快感。因此,出于维护中国国家利益的考,日本保持批判的度是无可厚非的。

  葫芦不吐不快于2008.12.29.

  (本文大量引用了卓南生先生的!特此声明。

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