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1208 中国は見る(570)  佐藤元首相 米国に中国「核報復」を要請

2008-12-22 00:12:26 日本前首相佐藤曾要求美核打中国

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Photo 中新ネット1221日電:共同通信社報道:外務省が22日公開した外交文書によると、佐藤栄作元首相が1965年1月就任後初めて訪米した時、マクナマラ国防長官との会談で、もし中国との戦争になれば、“米国が直ちに核による報復を行うことを期待する”と述べ、米国の先制攻撃も含む核攻撃を求めていたことが明らかになった。

佐藤元首相は、“洋上もの(核搭載艦船)なら、直ちに発動できるのではないか”と述べ,米軍核搭載艦船の寄港を容認するような発言をしていた。 佐藤元首相は、その前日、ジョンソン大統領との会談で、米国の“核の傘”を求めたことは、周知の事実だが、今回公開された文書は、初めて佐藤元首相が核兵器の使用を考慮していたことが明らかとなった。 

報道によると、二人の会談は佐藤元首相が宿泊していた「Blair House」で行われた。 マクナマラ国防長官は、1964年10月、中国が原子爆弾の実験に成功したことについて、“今後2~3年で、どう発展するか注目に値する”として、日本側に核開発問題での基本的態度の説明を求めた。

これに対し、佐藤元首相は日本には核開発の能力はあるが、核兵器を作るつもりはないとし、米国に対し、核兵器の日本への持込みについては、“発言に気をつけるよう”求めた。 しかし、もし(中国との)“戦争になれば話は別で、米国が直ちに核兵器による報復を行うことを期待している。 その際、海上艦船ならば直ちに発動できるのではないか”と述べた。

日本が開発している宇宙ロケットについて、佐藤元首相は“必要があれば軍用に使うことが出来る” と、宇宙ロケットの軍事への転用にも言及した。

佐藤元首相はホワイトハウスで行われた首脳会談で、“日本は安保条約に依存するしかない。 米国が日本を守るとの保証を求めた” 共同通信社が公開を求めた会談記録には、ジョンソン大統領の“保証する”の確約があった。

関連記事:佐藤栄作は、「非核三原則」の提唱でノーベル平和賞を受賞した。

佐藤栄作(さとうえいさく、Sato Eisaku)1901-1975、日本の政治家、日本の第61代、62代、63代の首相(1964年11月9日~1972年7月6日)となった。 実兄の岸信介も首相を務めた。 佐藤家を継いだため、兄とは姓が違った。

1924年東京帝国大学法律学部卒業、鉄道省に入る。 1946年鉄道総局の長官となり、1947年運輸次官となった。 1948年自由党(自民党の前身の1つ)に入った。

吉田茂首相在任当時、吉田首相は大量に党人派を除名し、代わりに官僚を登用した。 特に佐藤と池田勇人は何度も抜擢された。 1948年吉田首相から内閣官房長官に任命され、1949年1月に衆議院議員(以後連続11回再任)となり、1949年2月に自由党の政調会長となる。

佐藤栄作の亡くなる一年前、1974年10月、ノルウェー国会のノーベル賞選定委員会は1974年のノーベル平和賞をアイルランドのショーン・マックブライド氏と日本の佐藤栄作氏に授与した。 委員会の文書はこう書いている。 “佐藤栄作氏は平和政策を推進する代表の一人で、このような政策は太平洋の平和の実現に大変役立たつものだ。 そのため、佐藤氏は日本は自分の核兵器を持つべきでないと主張している。 彼は首相在任当時、核不拡散協定に署名した。 更に多くの国家が自分の核兵器を得ようとする危険がとても大きい時、この点日本の役割はとても重要である。

日本前首相佐藤曾要求美核打中国

2008-12-22 00:12:26 来源: 中新网(北京) 网友评论 181  击查

中新网1221 据日本共同社道,日本外22(当地时间)的外交文件示:日本前首相佐藤19651月第一次以首相身份访,在与当的美国国防部麦克纳马拉的会中称,若爆与中国的争,希望美国能立刻行核报复,要求美方施包括先制人在内的核打

佐藤表示从海上(射的核武器),或可以立刻使用谈话涉及了默核武器入日本。佐藤在前一天会晤当的美国总统约逊时要求美提供核保护伞一事早已公之于众,但此次公的文件首次表明佐藤甚至考虑过首先使用核武器的问题

道称,二人的会是在佐藤下榻的国宾馆Blair House行的。麦克纳马拉就196410月中国原子弹实验成功一事指出今后两、三年内会如何,并要求日方明其在核开发问题上的基本度。

佐藤强调日本然有核开发能力,但没有制造核武器的打算,要求美方核武器(入日本)一事言,但又表示如果争的另当别论,表示期待美国立即施核报复。他还进步补充表示,海上艇所配的核武器可以立即启

于日本研制的火箭,佐藤表示如有必要也可作为军,提及将火箭用于事的可能性。

佐藤在白宫举行的首上表示日本依于安保条。希望美方做出保日本的承。在共同社的要求下公的会谈记录显示,将提供保

关链 佐藤作曾因弃核诺贝尔和平


日本前首相佐藤

佐藤作(さとうえいさく,SatōEisaku1901-1975,日本政治家,日本第61任、62任、63任首相(1964119日~197276日),其兄岸信介亦曾首相。过继给佐藤家,故和其兄不同姓。

1924京帝国大学法学部毕业始在道省任1946为铁官,1947省次官。1948年加入自由党(自民党的前身之一)。

在吉田茂任首相,吉田大量除党人派,官僚派得,特是佐藤和池田勇人多番得提拔。1948吉田任命官房官,19491月成议员(其后任了11次),19492月任自由党政

在佐藤作逝世的前一年,即197410月,挪威诺贝尔奖评选会决定把1974年的诺贝尔和平授予爱尔兰的肖恩·麦克布德和日本的佐藤作。会的文件佐藤作是和解政策的主要代表之一,这种政策已大大有助于定太平洋地区的情况。因此,佐藤主日本不应获得自己的核武器。他在任首相期间签署了不散核武器定。正当更多的国家得自己的核武器的危很大的候,一点是特重要的。 (本文来源:中新网 )

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