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1111 中国の三面記事を読む(475) 張愛玲:漢奸を愛してしまった女流作家(4)【完】

2008-09-08 10:20:45 张爱玲:奸的女人

来源: 网易 网友评论 64 击查

3 1950年、張愛玲が上海で《色・戒》を書いた動機を探ってみたいと思う。 彼女の最初の動機は政治情勢に迎合し、自分の当時の歴史を整理することだったと思う。 丁黙村と鄭蘋如の話を書いたのは、決して英雄伝奇のためではなく、自分のためだった。 この物語を書くのに、彼女が婉曲な方式を使ったのは、自分の特別な歴史問題の立場ををはっきり示すためだった。 しかし胡蘭成は、なんといっても張愛玲がかって心に深く刻んだ男である。 彼女がこの問題に触れるとき、政治は二の次、感情が表に出てくる。 しかも上海の新中国文芸指導者にとっては、張愛玲がこの題材を書くのを決して喜ばなかった。 なぜなら、張愛玲がどう書こうと、結果的には国民党を書くことになるからだった。

9 張愛玲が上海を出た理由は、はっきりしないが、政治的態度表明作品《色・戒》が理由の一つかもしれない。 張愛玲はこの物語で態度を表明したかったのに、指導者は許さなかった。 張愛玲は、この問題で自分を曲げたくなかったし、ほかの理由もあり、彼女は上海を離れた。 彼女は最終的には台湾へ行かなかった。 台湾へ行っても必ずこの問題に直面すると思ったのかもしれない。 だから彼女は、一人アメリカへ渡った。

Photo_4 今、張愛玲の作品の中で、《色・戒》の創作日は1950年と明記されている。 だが私達は、1950年の《色・戒》の執筆着手から1955年、張愛玲がニューヨークへ到着するまで、《色・戒》の最初がどんな内容だったのか、誰かに見せたかなどわからないことばかりだ。 今、私達が目にする短編小説《色・戒》は、30年後になってやっと最終稿となったものだ。 80年代に《然集》を出版した時、《色・戒》が初めて社会に紹介された。 張愛玲は序言の中で、この物語を“何度も徹底的に書き直した”と認めている。 その上、この序言を通じて、

張愛玲は確実にこの短編小説を使って、自分のあの特別な歴史に対する総括を行おうとしたと考えられる。 張愛玲は序言の中でこう書いている:

否定的人物を書く場合、内心にまで入るべきではないのか、ただ外側から非難したり、醜悪に描くしかないのか?―――敵に対しても、自分のことを知り、相手のことを知らなくてはならないが、しかし、相手のことを知りすぎてはいけないのだろうか? なぜなら理解するということは、許しの第一歩だから? もし理解が容認だというなら、このように理解する人はたぶん軽蔑されることになるだろう。 理解が足りないと、その罪は神格化され悪魔となるのだ------------愛とは価値があるかどうかの問題ではない。

2 これによって私達は、張愛玲が《色・戒》を書いたのは、決して当時の真実の歴史を書こうとしたのではなく、彼女自身の真実の心を書こうとしていたことがわかる。 だから小説の中の麦太太(王佳芝)には、何の政治的背景もなく、またいかなる民族的大義の色彩もない。 小説の中の王佳芝の心の動きには、原型の鄭蘋如の姿は少なく、完全に張愛Photo_5 玲自身の心を描写している。 実際の歴史の中の鄭蘋如は捕えられた後、自分が人を雇って丁黙村を暗殺しようとしたと認めている。 しかし鄭蘋如が話しているのは、焼餅を焼いたため、丁黙村がしょっちゅう女を誘惑したからだという。 歴史では、鄭蘋如は仲間のことなど供述してないと記載されている。 この歴史について、張愛玲はすべて知っていた。 しかし、彼女はそう書かなかった。 なぜかというと、彼女は鄭蘋如の伝記を書くのではなく、彼女自身を書くためだったからだ。 もし彼女が女英雄の伝奇物語を書くのだったら、こんな短いわけがない。

張愛玲は、鄭蘋如と丁黙村の物語の外殻を使って、彼女と胡蘭成の心の世界を書こうとした。

Photo_6 ついでに言うと、胡蘭成は愛情一途のまじめな恋人ではなく、しょっちゅう女遊びしていた。 それは彼が田舎の貧乏な家に生まれた不幸の埋め合わせをするためだった。 指名手配されていた頃でさえ、彼は女のところで昔のそういう夢を追っていた。 張愛玲が温州の田舎へ、彼を訪ねた時、胡蘭成はほかの女と暮らしていた。 その後、胡蘭成は女漢・余愛珍と結婚した後、今度はあちこちで自分と有名作家・張愛玲との“恋愛”を自慢げに触れ回っていた。 だから、小説《色・戒》の中では、張愛玲は胡蘭成のこの女扱いの名人について、愛憎入り混じった苦しい気持ちも表現していた。

Photo_7 張愛玲の一生は、お金を愛し、有名になりたがった。 小説の中で王佳芝がなんかの時に示した虚栄心のようだ。 張愛玲が胡蘭成を愛したのには、あるいは権勢を崇拝する心理があったのかもしれない。 だから張愛玲は小説の中でこう書いている。 Photo_8 “権勢は一種の媚薬である”。 彼女はこの考えを王佳芝の言葉として、胡蘭成との愛:張愛玲のめずらしい性の喜びも含め表現しようとした。 そして彼女は小説の中で露骨に表現した。 “男の人の心の中に入るには胃袋を通じること”、“女の人の心の中に入るには陰道を通じること”だと書いた。 これは張愛玲の小説の中でもめったに見られない表現である。 だから李安(アン・リー)監督が、映画の中で激しいベッドシーンを撮ったのだ。 それは張愛玲が忘Photo_9 れられないものだったからだ。 小説の中で張愛玲は、王佳芝が漢に愛を抱くようにした。 これも張愛玲自身のことだ。 最後の肝心な時、王佳芝がPhoto_10に“早く逃げて”と言うが、これはあたかも張愛玲が、逮捕状の出ている胡蘭成に会いにコッソリ温州へ行き、政府に通報しなかったようなものだ。 王佳芝は漠然とした愛情から漢の易先生を助けた。 この細部は鄭蘋如の事実とは違う。 しかしこれは張愛玲が胡蘭成を助けたことなのである。 記録によれば、張愛玲は胡蘭成と別れる時、彼に30万元(約450万円)を渡している。 もしこの金がなければ、胡蘭成がどうして長い間隠れることが出来たのか? その後、どうして日本へ逃げることが出来たろう?

人々が、映画は一粒のダイヤモンドで英雄女性の闘志を潰してしまったと批判したり、漢を美化していると批判していますが、これは李安(アン・リー)監督を責めるわけにはいきません。 アン・リー監督は、張愛玲の内心をよく理解していると思います。 アン・リー監督は、この映画の喜怒哀楽:すなわち張愛玲自身の漢である恋人に対する複雑な感情を表現(撮影)したのです。 もし観客が王佳芝を張愛玲自身のことと見れば、この映画を理解することが出来ます。 しかし観客が、この映画を歴史の物語として、本当の歴史と照らし合わせるように見るならば、いろいろ不満なところがあると思います。

可以探一下,1950张爱玲在上海写作《色·戒》的机。我认为,她最初的机是了迎合政治形自己当年的那段史作一个清理。写丁默村与苹如的故事,并非了一个英雄奇,而是了她自己。写个故事是她不得不用一的方式,自己的特殊问题作一个表。然而,胡竟是张爱玲曾刻骨心的男人,当她触及问题时,政治便退居其次,感情上升到表面。而且,于新中国在上海的文艺领导人来,肯定不喜欢张爱玲写材。因,不管张爱玲写成什么样果都是在写国民党。

张爱玲离上海的全部原因并不清楚,写作政治表作品《色·戒》可能是原因之一。张爱玲想用个故事来表,但是领导不喜张爱玲不愿在问题上委屈自己,加上其他原因,她离了上海。她最也没有去台湾,也认为,到了台湾也必对这问题,所以,她孤身一人去了美国。

张爱玲作品集中,《色-戒》明的写作日期是1950年。我不知道从1950始写《色-戒》,到1955张爱玲到达纽约时,《色-戒》最初写成什么样子,曾经给哪些人看在我看到的短篇小《色-戒》,是30年以后才定稿的。80年代出版《惘然集》,《色-戒》才第一次面社会。张爱玲在序言中承个故事经彻底改写。而且,通过这篇序言,我认为张爱玲确是想用部短篇小自己的那段特殊史作一个总结张爱玲在序言中写到:

写反面人物,是否不入内心,只能站在外面,或加以丑化?……对敌人也需要知己知彼,不知彼是否不能知道太多?因了解是原恕的初?如果了解原宥,了解这种人也更可能向鄙夷。缺乏了解,才会把罪神化,……就是不问值得。

因此,我就能理解,张爱玲写《色·戒》,并非是要写当年的真实历史,而是要借个故事,写她自己真的内心。所以,小中的麦太太王佳芝没有多少政治背景,也没有任何民族大的色彩;小中王佳芝的心理活,很少有原型苹如的影子,完全是张爱玲自己内心的写照。在真史中,苹如被捕后,承了自己找人暗丁默村。但是,苹如,是因吃醋,因丁默村不断沾花惹草。记载显示,苹如没有供出任何一个同伴。史,张爱玲是完全知道的,但是,她没有这么写,因,她不是要给郑苹如碑立,而是要写她自己。如果她要写一个女英雄的奇故事,不会写这么短。张爱玲其是用苹如和丁默村的故事外壳,写她自己和胡成的内心世界。

便一下,胡成并不是一个对爱情忠的情人,而是一个情的青,他是要弥自己山里孩子出生的早年不幸。即便在被通候,他也没放弃在女人那里找失去的世界。当张爱玲跑到温州下去看他的候,胡成正在同另一个女人鬼混。后来,胡成与女奸佘婚后,依然到处张扬自己与著名女作家张爱玲的。因此,小《色·戒》中,张爱个女人堆里的老手,也表恨交的痛苦心情

张爱玲一生爱钱出名,正如小中王佳芝某些候表出来的虚心;张爱上胡成,也有崇拜权势的心理,所以张爱玲在小中写到,权势是一,她想把这种观念通王佳芝表出来;与胡成的包括张爱玲少有的性欲狂,所以她在小中露骨地写到:到男人心里去的路通到女人心里的路通过阴张爱玲的小中是极的直白。所以,李安才在影里赤裸裸地表,因,那是张爱以忘怀的;在小中,张爱王佳芝对汉生了情,也是在说张爱玲自己;最后关键时刻,王佳芝提醒快走,仿佛就在说张爱偷偷跑到温州去被通的胡成,却不向政府举报;王佳芝出于模糊的情救了奸易先生,细节违背了苹如的事,但它也是在说张爱玲救了胡成。据记载张爱玲与胡成分手的候,了他30万(币种不清楚)。如果没有,不知道胡成如何藏,日后如何逃到日本。

所以当人评电影用一颗钻石消磨了女英雄的斗志,当人评电影美化了奸,都怪不得李安。我认为,李安完全理解了张爱玲的内心。李安拍摄这影的喜怒哀,就张爱玲本人奸和情人的复杂情感。如果众把王佳芝看成张爱玲本人,就能理解影。然而,是把影看成史故事,把影和小与真照,所以才会有种种意。 (本文来源:网易

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