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970中国通俗小説の巨匠・張恨水(その5)――春明外史

Photo 《春明外史》は、1924年4月12日から、北京《世界晩報》に連載される。 毎日一千字足らずの文章が、1929年1月24日完結まで掲載された。 通算57ヶ月になる。 全体的には、《二十年目睹之怪現状》を手本にした譴責小説である。 主人公・楊杏園は、ほぼ《怪現状》中の“九死一生”に似ている。 しかし、楊杏園が何梨雲、李冬青と恋愛し、その間の幾多の曲折ある物語は、“九死一生”のような色気なしとは全く違っていた。 書中の主人公は、新聞記者をしているが、それは、政治や社会のさまざまなニュース、内幕を引き出すためで、それを基に世相批評を展開した。 その批評の仕方は、婉曲で、風刺が多く、《怪現状》のような対決的な感じはまるでない。

《春明外史》は、1920年代の北京を書いている。 筆先は各層に及び、書中人物には、あの人だとわかるのもいた。 今日の“北京っ子”達も、推定することが難しくない。 《世界晩報》に連載当時、読者はそれを読み、新聞番外のニュースとして、非常に評判を呼んだ。 沢山の人が、2分銅貨で夕刊を買って、この新聞外ニュースがどう展開し、どう決着がついたか一刻も早く知りたがった。  当時、多くの新聞が連載小説を掲載していた、《益世報》は、一日5,6篇を載せていたが、《春明外史》のように人気を呼んだものはなかった。 作者は、その時代のある人や、ある現象を暴き出した。 それは新聞記者としての正義感、責任から出たものであった。 描写が詳しく的確なのも、いつも目標に向かって矢を射ようと狙い定めていたからだ。 タイミングもよかった。 個人的な恨みから相手をやっつけるといった作品とは違う。   数十年経って、この小説を読むと、当時の情景が、ありありと目に浮かんでくるようだ。   若い人は、ああいう経験はなくとも、この本の中から歴史の知識を得ることが出来る。   旧社会の、醜い様相が見えてくるので有益だ。   小説は1920年代の産物である。 半世紀以来、我が国は、急速な進歩を遂げ封建、半封建社会から社会主義社会へと転換した。 そのギャップの大きさは、はかりしれないほどだ。 人々の考え方、意識の持ち方も、今は昔と大分違っている。 今日から、20年代の小説を読むには、当時の歴史・環境を理解していなければ、読み続けるのは難しい。  ましてや、分析、批判する時は尚更である。 例えば、小説の中にあまり進歩的でないところや、封建的道徳倫理観の残りかすが見受けられる。 しかし、これも指摘しておかねばならないが、当時一般的にこういう観念が存在していた。 恋愛問題についての取り扱いも、あまりよくない面がある。 一般に愛し合うことと、妓楼での男女のいちゃつきと、些かの区別もない。 青年学生の思想活動についても、時には、時代の先端を切っていたものだが、作者にはその経験が欠如していた。 ある新事物が登場したとき、時には違和感を感じていることが自然と現われていた。 これらは、彼の力不足な点である。 幸いに、それは小説の主要部分ではない。 他に、小説中に旧詩が多く見られることも、封建時代の作家の才能をひけらかす旧習を引き継いでいる。  しかし、この小説は、彼が作家として脱皮する過程の記念碑である。

*春明外史《作品内容紹介》

Photo_2春明外史は、張恨水最初の長編小説である。 当作品は、作者が北洋政府時代の北京で、見たり、聞いたり、また、身を以って集めた社会ダネを基に、主人公の行動にこれらを随所に挿入して話を進めている。 この手法は《二十年目睹之怪現状》の形式に似ている。 外史というのは、正史ではない野史という意味である。 また《春明》とは、北京の昔の別称である。

主人公・楊杏園は、安徽省の旧家の出身で、北京に来てから5年、新聞社で編集部にいる。 文学の素養もあり、その頃の名士であった。 昔は、新聞という職業は、付き合いが大変で、交際も広く、身体は自由であり、毎晩何篇かの原稿を編集してしまえば、その他の時間は自分のものだった。 彼は友達に連れられて、妓楼に足を踏み入れた。 そして梨雲という妓女と知り合う。 “小鳥って人になついて、とても可愛い”と、よく話で聞かされた妓女の下等さなどまるでなかった。 梨雲は、楊杏園の人となりが上品で、性質も穏やかであり、好感を持った。 何度も行き来を重ねるうち、お互い心憎からず思う気持ちが深まった。 しかし、妓女は妓女、やり手ばばの支配化にあり、楊杏園のような貧乏文士など相手にされず、梨雲を金持に取り入るように仕向けるのだった。 楊杏園が行っても、手筈を整えて、梨雲に近づけないようにした。 楊杏園はなんとか自制したが、梨雲は恋心が募り理性を失う。 ついには、梨雲は重い病気にかかり、また、医者に診てもらうのが遅すぎて、悶々のうち死んでしまう。 楊杏園が金を出して、出棺から埋葬までやってやり、恋人としての誠意を尽くした。

李冬青は、詩を書き、文章もすぐれた才女である。 家には、母と弟がいた。 彼女は、いつも新聞の楊杏園の詩文を読み、彼を尊敬し慕うようになった。 彼女は、楊杏園の同僚・何剣塵の妻の家庭教師であり、それで話をすることもあり、友達となった。 たまたま、楊杏園は、李冬青の隣の家に引っ越してきて、ますます交際が深まった。 仲間達はみな、天生の一対(恋人)だとはやした。 楊杏園は、はっきりと李冬青に対して自分の気持を述べたことはないけれど、彼女が理想の相手だと認めていた。 しかし、李冬青の気性は変わっており、自分は悪い病気に罹っているので、楊杏園の妻とはなれない。 彼の妹分でよい。 そして、仲のいい友達の史種蓮を身代わりに薦めるのだった。 史種蓮は勉学のため、楊杏園の資金援助を受けており、楊杏園に対して気持がないわけではなかったが、楊杏園の態度がはっきりしないのを見て、女性としてのプライドを傷つけられ腹を立て南へ戻ってしまう。 楊杏園は、相継ぐ出来事にショックを受け、意気消沈のあまり寺に籠もり現実逃避。 仏教の真理を悟った振りをしていたが、心の中はひどく悲しみに打ちひしがれていた。 ついには、病気になり客死してしまう。

全編、楊杏園を出発点にさまざまな物語が展開している。 書中には、当時の官界内幕、学界の珍しいニュース、有名人の面白いエピソード、文士のいろいろな姿が書かれており、物語の舞台は、妓楼、博打場、劇場、レストラン、ホテル、官邸等で繰り広げられた。 誰でも知っている民国始めの歴史上の人物が、物語の中にモデルとして登場、それを手がかりに、これは誰々と探すのが読者の楽しみでもあった。

例えば、月刊《古道雑誌》を編集している教育総長・金士章は、一目で“章士釗”と分かる。 また、第49回の前清翰林の小姐・黎昔風は、上海で余夢霞が書いた小説《翠蘭痕》と追悼の詩を読み、大いに感動し保守的な父親の反対を押し切り、彼に嫁ぐ。 余夢霞の《翠蘭痕》とは、すなわち徐枕亜の《玉梨魂》に事寄せたもの。 また第37回と第38回で書かれている、胡暁梅には陸軍少将の夫がいるのに、詩人の時彦文に心を惹きつけられてしまう。 最後は、双方本来の夫と妻と別れ正式に結婚する。 これは明らかに、“新月派”創始者の徐志摩と陸小曼の恋愛事件を書いたもの。

春明外史には、作者の早期鴛鴦胡蝶派文学の特徴、花柳界の女性と知り合ったり、才子才女のように詩や手紙のやり取りをしたりとかの筋は、民初言情(恋愛)小説の特徴を表している。

春明外史は言情小説ではあるが、その当時の社会の様々な出来事を体験してきた張恨水が、その体験を基に、新聞人としての社会に対する批判の目で見た社会批判小説でもある。 また、1920年代の北京各階層の生活の有様が、はっきりと描かれている。 小説には、ある程度作者本人の自伝的色彩が見られ、楊杏園は、作者の若い頃の生活と思想の痕跡が見受けられる。

《参考》

20  中国通俗小説の巨匠張恨水    (その1)-最新テレビドラマ紹介:

21 中国通俗小説の巨匠・張恨水 (その2)-人物紹介:

26 中国通俗小説の巨匠・張恨水 (その3)-代表作品紹介(上):

969  中国通俗小説の巨匠・張恨水 (その4)-代表作品紹介(下): April 15

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