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1.外交部 ダライ・ラマが「中国の軍人が僧侶に変装した」との質問に答える

2.ダライ・ラマ集団はラサ暴動事件の陰謀・扇動者である

1.2008-03-31 18:20:11 外交部就达称中国人假扮僧

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2.2008-03-30 18:31:17 达是拉暴力事件的策划和煽

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1.外交部 ダライ・ラマが「中国の軍人が僧侶に変装した」との質問に答える

Photo_2 中新ネット3月31日電:中国外交部ウエブサイトより:

中国外交部姜瑜報道官は、今日、記者会見で、記者からの質問に対し次のように述べた。

記者からの質問:最近、ダライ・ラマがニューデリーの記者会見で、ラサの暴動への関与を否定し、また、今回のことは数百名の中国軍人が僧侶に扮装し起こしたものだと聞いていると述べています。 これについて、中国はどうお考えですか?

Photo_3 姜瑜報道官:ラサの暴動事件の真相は、誰もが認める明白な事実で、証拠もちゃんとあります。 ダライ・ラマが言う根も葉もない噂で、事件の真相を変えることは出来ません。 これは、彼の自信のなさの表れで、デマを飛ばし民衆を惑わし、自らのラサ暴動犯罪事件への責任を逃れようとするものです。

2.ダライ・ラマ集団はラサ暴動事件の陰謀・扇動者である

新華ネット3月30日電:2008年3月14日、少数の不法分子がチベットのラサで暴動を起こし、チベット人18人を焼殺したり殺害し、現地の住民の生命財産に重大な損失を与えた。 このように大規模な暴動が起こった後、ダライ・ラマ集Photo_4 団は事実を歪曲し、今回事件を“平和の抗議”と称し、チベット人の“自発的行動”だとして、ダライ・ラマ十四世と“チベット亡命政府”とは無関係であると言っている。 しかし多くの事実がはっきりと物語っているように、ラサ暴動事件はダライ・ラマ集団が組織的、計画的に、陰謀を企て煽動して起こしたものである。

オリンピック妨害を企み チベット独立を狙う跳ね上がり行為

ダライ・ラマ集団は1959年、武装反乱に失敗した後、逃亡し、インドのダラムサラに“チベット亡命政府”を樹立し、ほかに“チベット青年会”“チベット婦人協会”などの組織を作り、長い間、祖国の分裂活動に携わってきた。 “チベット青年会” “チベット婦人協会”は“民間組織”の顔を装った暴力活動の主要実行者である。 “チベット青年会”は、1970年に成立し、“チベットの完全独立”を公然と主張している。 成立の時から、“チベット亡命政府”の下に全面的に参加しており、90年代にはダライ・ラマ集団の権力の中心にも入っている。 現在、“チベット亡命政府”の従事者の半分以上は、“チベット青年会”で占められている。 1992年以来、“チベット亡命政府”の主席の人選はすべて“チベット青年会”から出ており、現在の“チベット亡命政府”の主席サムドンも“チベット青年会”第一回副主席だった。 

北京が2008年オリンピック開催権を得た後、ダライ・ラマ集団は、“オリンピック決戦”を打ち出し、オリンピック妨害をすることで、“チベット独立行動”加速させようと考えた。 2004年12月、ダライ・ラマ集団の“2008年自由チベット運動”の実行部主席ロドンランリンは、“全世界が中国に目を向けている。 今こそ中国に政治的圧力をPhoto_5 加える絶好の機会である” 2008年2月7日、ダライ・ラマ集団のカルマ・チョペル議長は、“2008年のオリンピックを開く機会を利用して、各種活動を展開し、中国政府に、2008年或いは、今後2年以内にチベット問題を解決するよう追い込もう”と述べた。 3月10日、“チベット青年会”は声明を発表し、“過去の独立闘争にはなかった重大なチャンスがやって来た。 今年のオリンピックだ”

最近2年にわたりダライ・ラマ集団は、中国国内外でオリンピックに向けた一連の破壊活動を行った。 2007年4月、ダライ・ラマ集団は、“自由チベット学生運動”をチョモランマ大本営で開き、オリンピックをボイコットする“チベット独立”のスローガンを打ち出した。 2007年5月には、ダライ・ラマ集団は、2008年5月にインドのダラムサラで“チベット・オリンピック”を開くことを宣言し、“チベット・オリンピック組織委員会”なるものを立ち上げた。 また同時に、ダライ・ラマ集団の“チベットを支持する国際ネットワーク”は、国外のチベット人が組織する“運動隊”を作り、国際オリンピック委員会に、“チベットのオリンピックへの代表参加”を認めるよう求めた。 “チベット青年会”はまた、2008年4月に、ダラムサラからニューデリーまで“死の聖火”リレーを実施することを決めた。

ダライ・ラマ集団“チベット独立運動”責任者は、“2008年北京オリンピックは、国際社会が中国政府に人権を改善し、ダライ・ラマと話し合うよう促し、チベット問題を平和的に解決する重要なチャンスである。 各地のチベット人は戦闘に加わるべきだ”と述べた。 2008年1月、インドのデプン(哲蚌寺)ともいうべき寺院の開眼供養期間中、ダライ・ラマ集団はチベットから来た僧侶達に向かって“ラマ(仏教僧)のデモ”の政治的意義について語った。 数十名のラマ達は、ダライ・ラマ像の前で宣誓を行い、帰国後“デモ”方式で、中国政府の現行チベット政策に反対した。

暴力を公然と宣伝 “チベット人民大決起運動”を画策

2003年7月3日、 “チベット青年会”の前主席ゴサンピンツォはダラムサラで記者の取材に対しこう述べた。 “私達の事業のためならば、いかなる手段もいとわない。 暴力であろうと非暴力であろうと構わない” またそのメンバーには、6ヶ月間のゲリラ訓練も計画されていた。 ダライ・ラマの弟テンジン・ツォギャルは公然と述べている。 “武力こそ、中国人をチベットから追い出すことが出来る”“テロ活動は最低コストで最大の効果が挙げられる”

2006年11月14日、ダライ・ラマの腹心の人物がワシントンのブルキンス学会で演説した際、“絶望した個人なりグループが少しでもおれば、大規模な不安定要素が作り出せる”

最近、“チベット青年会”は“爆破技術訓練班”を含む各種の訓練を連続して実施している。 2007年1月、ダライ・ラマ集団の“自由チベット学生運動”第8回“チベット解放行動キャンプ”を北アメリカで行った。 450名の活動幹部を育てたと述べている。

2008年1月4日、、“チベット青年会” “チベット婦人会”“自由チベット学生運動”“チベット国家民主党”“九・十・三運動”などの五つの組織は、“チベット人民大決起運動”を実施することを正式に宣言し、この運動が“チベットの自由闘争史上の偉大な転換点”になると称し、“チベット青年会”主席をトップとする臨時準備グループを作り、全般的調整と資金集めに責任を持つこととした。 主な活動は四段階に分けられた。 一つ目は、世論作りと人材確保。 二つ目は、3月10日からいろいろ問題(トラブル)を起こすこと。 三つ目は、全世界規模の抗議活動を行うこと。 第四は、中国国内チベット地区で事件を起こすこと。 具体的には、チベット内で各種の行動を起こすこと。

2月15,17日、“チベット青年会”など五つの組織連合は、インドのダラムサラで訓練班を立ち上げ、、“チベット人民大決起運動”責任者に特訓を行った。 2月21日から26日にかけて、ダライ・ラマ集団は、ダラムサラで“チベット人民大決起運動”参加者募集のキャンペーンを行った。

2月27日、ダライ・ラマ集団“九・十・三運動”は、アメリカ国立民主主義基金(略称NED)に“活動家達の危険対応時の資金”として緊急資金申請を行った。 同基金が発表したデータによると、2002年―2006年、同基金がダライ・ラマ集団に提供した金額は135.77万米ドルに上る。 そのうち2006年、“チベット婦人会” “九・十・三運動”などの組織には8.5万米ドルが提供されている。

ダライ・ラマ集団は、今年の2月前後に、密かに出国した300名ほどのチベット人の情況について分析研究を行い、彼らのために国境検問所突入や中国国内潜入準備をしていた。

3月10日、ダライ・ラマ集団が苦心して集めた101名の中心メンバーが正式にダラムサラを出発し、“チベット人民大決起運動”を起こした。



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