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943中国の三面記事を読む(340)中国共産党のトップをなぜ“総書記”というのか?(上)

2008-03-06 09:39:09 党中央最高领导何称总书记

来源: 网易 网友评论 21  击查

昨日は胡錦濤が「中華人民共和国主席」となったことをお伝えしました。 肩書きにもう一つ「中国共産党中央委員会総書記」というのがあります。 

中華人民共和国主席」は国の仕事を、「中国共産党中央委員会総書記」は共産党の仕事をします。 中国共産党が全中国を指導しているので、「総書記」が国の代表である「国家主席」を兼務する形で行動するときは、最高実力者となります。

表題の「中国共産党のトップをなぜ“総書記”というのか?」という記事がありましたのでご紹介します。

1921年7月、中国共産党が第一回全国代表大会を開催した時、全国に50名あまりの党員しかいなかった。 人員も少なく、事務量も少なかったので、中央には3人からなる中央局を設けただけで、その責任者を書記と呼んだ。 中国共産党は、第二回、第三回の全国代表大会で、中央執行委員会を選出したけれど、中央組織は中央局のままで、責任者を委員長と呼んだが、第四回大会の時に総書記と改められた。

中国共産党の第一回全国代表大会の時、党の最高指導者を“書記”と呼んだ。 “書記”は当時としては、一番低い役職だった“書記官”である。 今日の言葉で言うなら、“文書係”、“秘書”である。 なぜ共産党は、この一番低い役職を党の各級の責任者、また党中央の最高指導者の呼称に選んだのか? それは中国共産党が旧社会と決別し、人民のために利益を図り、官僚にはならず、一般人民を欺かない決意の表明として、一番低い職名“書記”を選び、党の各級の指導や党中央の最高指導者名としたのだ。

第五回全国代表大会の時、初めて中央総書記を選ぶ

1927年4月、中国共産党が第五回全国代表大会を召集した時、中国共産党はもう5万人あまりに発展していた。 中央組織は、中央局だけでは有効的に全党を指導できなくなった。 第五回大会で初めて、中央政治局委員、政治局常務委員、総書記を選び、初めて政策決定機関と日常業務を執行する機関の二つの組織に分けることにした。 程なく中国共産党中央は上海へ移り、政治局常務委員会は、各地に分散し闘争を指導した。 その頃は厳しい白色テロ(革命運動に対する激しい弾圧)があり、自由に上海を往来できなかった。 11月、中央に組織局ができ、日常業務を担当した。 組織局の主任は、最初は羅亦農、後に周恩来がやった。 これは当時のソ連共産党の組織が、政治局と組織局に分かれていたのと同じである。 組織局の権限は、その後出来た書記処の権限と同じである。

延安時代 初めて“主席”の名称を使う

1933年初め、党中央は江西のソビエト地区(革命根拠地)に移った。 当時、全国のソビエト地区は十数ヶ所に広まり、紅軍は30万人に達し、党員も30万に達していた。 総書記だけでは、この大きな党を指導するのが難しくなった。 中央書記処が時代の要請で誕生した。 

中央書記処が成立した確実な日時は、今となってはもうわからない。 中央紅軍が長征で、中央ソビエト地区から離れる時、文書を詰めた荷物が間違われ、中国共産党中央の会議記録、中国共産党中央がコミンテルン(Communist International)へ送った報告などがソビエト地区に残されてしまった。 紅軍の主力部隊が移動した後、敵が包囲攻撃し失われてしまった。 危険な中、ソビエト地区に残っていた項英が命令を下し、中央が残した文書をすべて焼却し、残らないようにしたのだ。 しかし、コミンテルンの保存書類の中に、中国共産党の中央書記処の成立時期の証拠が残っているはずだ。 建党から1934年6月まで、中国共産党中央とコミンテルンは、ずっと通信連絡を取っていた。 だが、この部分の保存文書はまだ公開されていない。

党史の専門家によると、書記処は遅くとも、6期五中全会には成立していたという。 書記処は、党中央の日常的事務を担当していた。 書記処は一人だけではなく総責任者或いは総書記がいた。 遵義会議前は博古、遵義会議以降は張聞天が担当した。 1943年3月、中央組織の調整が行われ二回の中央委員会の間に、中央政治局が党の全業務の責任を負うことが決定され、すべての重要問題を決定する権利を持つことが決められた。 政治局は毛沢東を主席に選んだ。 書記処は、政治局が決定した方針に基づき日常の仕事を行う組織になった。 書記処は、毛沢東、劉少奇、任弼時から構成され、毛沢東が主席となり、総書記という名称は使われなかった。 これが中国共産党中央で “主席”という名称が使われた最初である。

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