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880中国の三面記事を読む(286)李白の“床前明月光”は古来 誤読されてきた?

2008-01-09 10:28:36 李白床前明月光误读千古?

来源: (上海) 网友评论 109  击查

李白《静夜思》

床前明月光  床前 明月の光

疑是地上霜  疑うらくはこれ 地上の霜かと

挙頭望明月  頭を挙げて 明月を望み 

低頭思故郷  頭を低れて 故郷を思う

(注:中国では 床前月光  挙頭望月 としている。 日本は前者の「明」を「看」、後者の「明」を「山」としている。 床前月光  挙頭望月)

床前明月光 疑是地上霜” 李白の《静夜思》は誰もが知っている詩だ。 だが今、この詩が最近論議を呼んでいる。 “床前明月光”の“床”とは、寝るベッドのことではなく、腰掛(馬扎、小凳子)だというのだ。

1月2日、《百家講壇》(注:CCTV・10チャンネル)Photo_3 登場した収集家・馬未都氏が、その独特の観点を展開し、それが多くの人の話題となった。 1月6日、湖南娯楽チャンネルの総監・張華立氏がブログの中で、馬未都氏に反対意見を表明した。 当事者の馬未都氏は、一昨日、記者の取材に対し、外部の方の反対意見にすぐには回答はしないと述べた。 

李白 新解釈

床前明月光”は千年の間、誤読されてきた

《百家講壇》に初登場した収集家・馬未都氏が、1月1日から《家具収集について》の講座シリーズの話を始めたところ、たちまち大評判を呼んだ。 2回目の講座で、馬未都氏は驚くべく見解を述べた。 李白の名句床前明月光 疑是地上霜”の解釈は長い間誤読されてきた。 李白が言う“床”はベッドの意味ではなく、腰掛(馬扎)、古くは“胡床”と言われるものだ。 馬未都氏は講座の中で、唐代の門(出入り口)は、非常に小さな板戸で、光を通さず、窓もとても小さいものだった。 特に窓は紙で糊付けされていた。 だから、この《静夜思》は実は庭で詠んだもので、みんなが思っているような室内ではない。 馬未都氏は、李白の《長干行》を例にとりこの見方を裏づけた。 

妾髪初覆額  妾が髪 初めて額を覆い

折花門前戯  花を折って 門前に戯むる

郎騎竹馬来  郎は竹馬にのりてきたり

繞床弄青梅  床をめぐって 青梅を弄す

意味は、少女が入り口のところに腰掛けて坐っている。 男の子が竹馬に乗って、女の子の回りをぐるぐる回っている。 文中の“床”はベッドの“床”ではなく、腰掛(凳子)のことである。 部屋の中のベッドのところで、男の子が女の子の回りを怪しげにぐるぐる回ってるなんていうのは、李白の本意ではない。

質問を浴びる

唐時代の人の部屋に 月光が入らなかったというのか?

馬未都氏の新見解は、論議を巻き起こした。 賛同の声もあったが、疑問の声が多かった。 湖南娯楽チャンネルの総監・張華立氏はブログの中で馬未都氏の“腰掛説”に反対意見を述べた。 張華立氏は多くの古詩を引用した。 李白の“床中綉被巻不寝、至今三載猶聞香”から白居易の“独向檐下眠、覚来半床月”、更に杜甫の“床頭屋漏無干処、雨脚如麻未断絶”まで持ち出し、「床」が眠る時のベッドであると証明して見せた。

馬未都氏の“月の光が唐時代の人の部屋には届かなかった”という見方について、張華立氏は疑問を出した。 “前述の詩人達の「床」では、月の光と偶然に出会っています。 ほかの人が出会っているのに、李白が出会わないなんてことがあるでしょうか? 薄い窓紙なら月光を通すんじゃないですか? 「床」をすべて腰掛など坐るものにするなんて、あまりにも強引です。 唐の人を眠らせないなんて、ちょっと横暴です”

淡々と回答

歴史の探求は文献にたよらず 文物を見るべき

外部からの批判に対し、馬未都氏は次のとおり述べた。“この見解を発表しようと思った時、反対意見が出ることは分かっていました” 彼は、

張華立氏のブログやほかの反対意見も見ている。 しかし、今すぐ外部の論評について回答するつもりはない。 “私はそれでも言いたいと思います。 張華立氏の意見は私には何の力ももたらしません” 馬未都氏は、外部の見方が十分出尽くしたところで、彼自身の更なる見解を表明するという。 彼は、歴史の研究は、文献に頼るだけではいけない。

というのは文献はあまりにも主観性が強く、真実でないものが多い。 私は、“歴史の真相の探求は、文物を見ることだと思います。 本物の文物は、確かな証拠となります”

《人物紹介》

馬未都:収集家、観復博物館館長。 1980年頃から、彼は執筆活動にも踏み出した。 十数年にわたり“痩馬”などのペンネームで小説、報告文学など百篇に上る本を出している。 その後、作家出版社から全集として出版されている。 また王朔、劉震雲らと一緒に、海馬映画・テレビ製作所を作り、《編集部物語》、《海馬ダンスホール》など一時話題となった映画を作り上げた。

“都の四大新し物好き”の一人と言われている馬未都は、1980年代から中国の骨董を収集するようになった。 90年代になると、彼の収集の範囲は陶磁、古い家具、玉器、漆器、金属器Ma2_3 などに及んだ。 1992年出した《馬説陶瓷:馬の陶磁の話》の本は、伝統文化の啓蒙の本だと多くの読者に読まれた。 続いて彼は《明清筆簡》などの骨董の鑑賞を書き、また研究の専門書や百篇にも上る研究論文の小品などを書いて 

《収蔵家》、《文物報》に発表、更に《中国鼻煙壷珍賞》の編纂にも携わった。

《関連記事》

床前明月光 疑是地上霜”―――李白《静夜思》

この詩の「床」について民間には二つの見方がある。 一つは「床」とは腰掛(馬扎)のことだという。 というのは昔の漢族は地面に坐っていて、腰掛や椅子などなかったからだ。 扎は胡人から来たもので、またの名を胡床といった。 蒙古民族は馬の背に腰掛を載せた、下りた時、それに坐って休憩した。 杜甫の「樹間」という詩に、“岑寂双柑樹、婆娑一院香。交柯低几杖、垂実碍衣裳。 満歳如松碧、同時待菊黄。几回沾葉露、乗月坐胡床”とあるのは、胡床が坐る道具であることをはっきり証明している。 この詩の中では、杜甫は、李白同様、庭の中で腰掛に坐って月を見ていることが分かる。

もう一つの解釈は、「床」は「井桁」の意味である。 《辞海》の中の注釈によると、「床」は「井上圍欄」(井戸の上部の縁:井桁)だとしている。 李白の《静夜思》は727年に、現在の湖北安陸で作られた。 昔の人は“井戸水の所”を故郷と呼んだ。 詩人は秋の夜の明月の井戸の傍で、頭を挙げて思わず、遠くの古里を思い出したのだろう。

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