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872中国は見る(476)中国の「福田訪中」論評を読む(下)

福田訪中 なぜ孔子を参拝しに行ったのか? どのような深い意味があるのか?

福田访华为何一定要参拜孔子?有何深的涵?

小泉元首相は、毎年靖国神社参拝を強行し、中日関係を氷点下まで落ち込ませた。 それと対照的なのは、福田首相の初訪中で山東の孔子廟に行ったことだ。 聞くところによると、自分の“宿願”を果たすためだという。 福田首相は、最初の訪問で曲阜を訪れた首相として、中国人民に強く印象づけられた。 彼のこの心憎い計画には、どんな深い意味が隠されているのだろう?

福田首相が孔子廟を参拝するということは、今回の訪中で注目されたスケジュールの一つだった。 少なくとも中国人の目には、これには特別な意味があるように見えた。 もし欧米の首脳が孔子廟を見たいとしても、それは彼等の中国の伝統文化に対する思い入れと鑑賞からだと思われる。 しかし日本の指導者となると違う。 福田首相が孔子をお参りするとなると、何かルーツを求めるといった象徴的意味があるのではないか? 日本文化の根源を探るためではないかといった印象を私たちに与える。

儒学と儒教は日本文化に大きな影響を与えた。 早くから儒教の経典は日本に伝えられた。 17世紀の徳川時代、朱子学は“国学”となったことがあった。 今でも儒学は日本での地位は相当高く、多くの学者がよく儒家の経典を引用している。 こうした歴史的文化の根源があるため、福田首相の儒教の聖地訪問は、ほかの人とは違った意味がありそうだ。 日本のメディアが伝えるところでは、福田首相が孔子の古里を訪問したいと言ったのは、本人の強い希望があったからだという。 福田首相もメディアの取材に対し語っている。 “中国文化が大好きで、「論語」などの儒家作品が日本で読まれていることもあり、それでそこを見学したい” この話は表向きの言葉であって、今回の本当の目的について語ってはいない。 《朝日新聞》は、この意義について解説している。 “福田首相が曲阜を訪問することには、今後の日中文化交流を強化する思いがこめられている”

孔子廟を参拝するという計画から、福田首相が深い見識のある政治家だということがわかる。 彼は両国関係を改善し、中日の長期安定の友好を発展させるためには、中日の文化交流から手をつけねばならないと、はっきり見ているのだ。

1972年の中日国交回復から数えて、日本は19人の首相が交代した。

つまり日本という船には、平均2年足らずでリーダーが変わったことになる。 人が変わり忘れられるのを避けるため、福田首相は、中日友好の長久の策を図るため、中日文化交流を促進することを基礎とすることに着眼した。 中日人民の相互信頼と共通認識を深め、両国関係発展を推進しようとする福田首相の努力は、誠にもっともなことだ。 

福田首相の“春を迎える”には善意が見える 中国人民にははっきりわかる

百年の歴史を持つ北京大学に訪れ、福田首相は開口一番、“新年が間もなくやって来るという時、福田が参りました。 「福」が来たということです” 福田首相のこの言葉には、中国文化の息吹が感じられ適切でユーモアがあった。 たちまち会場の聴衆との距離が縮まった。 講演の中で福田首相は古典や典故をたくさん引用した。「易経」「論語」更に魯迅の名言まで使った。 福田首相の中国文化に対する知識と素養が感じられた。 

温家宝総理が今年4月訪日した時、日本の国会で“歴史を鑑とし、いつまでも恨むことなく、もっとよりよい未来を開く”ことを強調した。

福田首相は講演の中で、それに答えるように、“私は厳粛な気持ちで温家宝総理のそのお話を聞いておりました------(日本は)自分の過ちを反省しなければならない------過去をきちんと見据え、反省すべき点は反省する勇気と知恵があって初めて、将来に誤りなきを期すことが可能になる” この話に、すぐ会場から大きな拍手が起こった。 福田首相の誠意ある友好的態度と中国との交流、歴史問題を回避しなかったことは、好評を博した。

福田首相の父親は、日本の67代目の福田赳夫首相で、かって中国と《中日平和友好条約》を締結した。 福田首相は父親の仕事を受け継ぎ、更に中日友好を進めようとしており、両国人民にとってまことに喜ぶべきことである。 今回の訪中は、北京から天津、山東と政治、経済、文化の旅で、善意と誠意を見せるものとなり、中国にとっても安心して歓迎できるものだった。

中日は古くから歴史の交流があり、一衣帯水の隣国である。 中日友好は、両国人民の共通の願いである。 温家宝総理が言うように、“中日は和すれば両国に利があり、斗えば共に傷つく” 2006年10月の安倍首相の「氷を割る旅」、2007年4月の温総理訪日の「氷を融かす旅」、そして今回の福田首相の「春を迎える旅」と、わずか一年あまりの間に、中日関係が急速に暖かさを取り戻したのは、両国首脳から一般人民まで、みんなが中日友好に共に努力したからだ。

しかし、友好を確立するためには、原則があり、最低ラインがある。 中日両国の友好交流は、南京大虐殺を含む日本の中国侵略で遮断された。 半世紀あまりが過ぎ去った。 中日両国の歴史上に残るこの痛ましい歴史について、私達は日本の深い反省を待っている。 第二次大戦後、ドイツは相前後してポーランド、ロシア、チェコなど、またユダヤ民族に賠償金を支払った。 ドイツ政府は、ナチのゲットーの跡地に記念館を建て、ナチの復活防止の法律を制定した。 また世界に感動を与え、最終的に被害国の許し得られたのは、ドイツの総理がユダヤ人殉難者の記念碑の前に跪いて謝罪の意を表明したことだった。

歴史を鑑とし、未来に向かう。 中国人だってなんでいつまでも恨み続けたいものか? しかし両国人民の間にまたがる恩讐をなくし未来を開くためには、二つの前提をはっきり認識しないといけない。 一つは

歴史を直視すること。 もう一つは、世世代代が平和に付き合うことを承諾することだ。 政経がどんなに熱くなろうと、文化交流が緊密になろうと、歴史問題を直視しなければ、結局は心のわだかまりは解けない。 平和に付き合うことが出来ないなら、結局、代々の友好は出来ないことになる。 これが友好の前提であり、中国の最低ラインである。

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