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837中国の三面記事を読む(262)潘玉良:パリで活躍した中国人女性画家: 妓女から画家の生涯 ①

2007-06-07 08:24:19 潘玉良:从妓到画家

来源: 中国江 网友评论 44  论坛

 

Photo_2 中国近代画史をひもとく時、伝奇的色彩の強い女性画家が目に入ってくるはずだ。 彼女は民国時代(1912年成立)初め、女性として新美術教育を受け画家となった典型的な人物だが、普通の人が想像できない気力と多くの犠牲を払い、自分の一生をかけて芸術を追求し実践した。彼女こそ有名な渡仏の画家・潘玉良である。 上海を起点として、潘玉良は2回、Photo_2 海を越えて異郷の地パリで厭きることなく、芸術活動に従事、50数年を過ごした。 彼女は孤児---半玉(妓女)------芸術の追求者---中国最高学府の教授---世界芸術界で認められた芸術家という波乱万丈の生涯を送った。 彼女の油絵の作品は中洋折衷で、色彩や線34_2 はほどよく描かれ、筆使いは洒脱で、なかなか気品があり、色彩は華やかで美しく、味わいあるものだ。 外国人の目からも、芸術の天分がある中国人と見られ、彼女の作品は何度もフランスの代表的なサロンに展示された。 またアメリカ、イギリス、22_2 イタリア、ベルギー、ルクセンブルクなどの国で個展を開き、フランスの金像賞、ベルギーの金の盾賞、銀の盾賞、イタリアロ-マの国際芸術金の盾賞など20数個の賞を受賞した。彼女はその数奇な一生の間に、2000件あまりの芸術作品を残したほか、心を揺さぶる数多くの感動的な物語を残した。

15_2 潘玉良、本当の姓は張である。 古い街(江蘇)揚州の貧しい家に生まれた。 一歳の時、父を失くし、二歳の時、姉を失くした。 八歳の時、互いに寄り添うようにしていた母親も、不幸にして世を去ってしまった。 生きる支えを失い、天涯孤独となった彼女は、母方の叔父さんに引き取られた。 ところがこの叔父さんは、賭け事が好きで、彼女が13の年に、賭けの返済のため、彼女を(安徽)蕪湖へ騙して連れ出し、県城にある怡春院に売り飛ばしてしまった。 そして半玉(未成年の妓女)となった。

9_2 何度も逃げ出そうとしたり、首を吊ろうとしたが、いずれも失敗した。 まだ小さい潘玉良は、次第に心を閉ざすようになった。 この呪うべき妓楼の中では、最初の日から人間としての自由はなかった。 ほかの女性たちと同様、おかみの金儲けの道具でしかなかった。 そういう中にあっても、彼女の心の中には、彼女自身説明できない希望が、胸の奥にいつもあった。“私はここから出て行く。 必ず出てみせる” 彼女は、毎日漠然とこう考えていた。 

8 17の年、潘玉良は顔かたちが美しく、なかなか垢抜けているということから、その名は遠くまで知れ渡り、蕪湖界隈では評判の名花の一人になっていた。 その年、税関の監督・潘贊化が蕪湖に赴任してきた。 土地の有力者達がお近付きのためと、特に玉良を呼び弦楽で興を添えようとした。 歓迎会の席上、玉良は琵琶を奏で、そして素晴らしいノドで《卜算子》という昔の歌を、抑揚をつけながら歌って見せた。

不是愛風塵,似被前縁誤。

花落花自有总赖东君主。 

去也终须去,住也如何住? 

若得山花插满头,莫去。 

【風塵(娼妓)など好きでなった訳ではない。 すべて運命なのです。

 浮世のよしなきことは すべてあなたにおまかせします

 いずれ自由になるにしても それまで籠の中

 花をいっぱい頭に挿す そんな暮らしがしてみたかった】

 

歌は二回繰り返された。 切々とした中に幸福と自由を求める、歌の調べが部屋中に響き渡った。 

9 潘贊化は、元々は桐城(安徽省桐城県)の才子で、若い頃、日本に留学し、早稲田大学を卒業し、その後、孫中山に従って辛亥革命にも参加し、反封建、反圧迫運動にも加わった風雲児だった。 思いがけず、今日の宴会で、このような哀切極まりない節回しを聞き、目の前のこの妓楼の女性をしげしげと見ないではいられなかった。 暫くたってから、彼は玉良に声をかけた。 “今のは誰の詞ですか?” 玉良は深くため息をつくと、“私と同じ運命の人が作ったものです”と答えた。

10 潘贊化は、また訊ねた。 “私が聞きたいのは、その人は誰?” 玉良は独り言のように、“南宋の天台営妓の厳蕊です”と答えた。 潘贊化は、うなずくとじっと彼女を見つめた。 “ほう、なかなか学があるな” 誉められて玉良は、恥ずかしそうに顔を赤くし、“大人、私は学問などしたことありません” 潘贊化は思わず、“ホーッ”と声を上げ、“惻隠の情”が湧き上がった。 “惜しい、まことに惜しい!” このわずか数分の短い会話を、商工会議所会長は意味ありげに聞き、心の中で思いを巡らせていた。

23 その晩、潘玉良は、顔中笑顔のおかみさんと会長にムリヤリ車に乗せられ、潘贊化総督への贈り物として、潘家の屋敷へ送られた。 総督大人にちゃんとお仕えするようにとのことだった。 彼女が恐る恐る潘贊化の部屋の近くまで行くと、潘大人は、意外にも彼女を送り返そうとした。 そして彼女の面子を立てるため、翌日、一緒に景色を見に行くことを約束し、おかみには“金子”を包んで渡した。 そのため、行った目的を果たさなかったにもかかわらず、怡春院に戻った時、怒鳴られずに済み、 12 潘玉良はホッとした。 長いつらい日々の夜にあって、彼女は、初めて男性の優しさといたわりに触れた。 翌日、彼女は、約束どおり潘贊化と一緒に美しい蕪湖の景色を見に出かけた。 潘贊化が熱心に“名所旧跡”の説明をしてくれているのを、彼女はまるで別世界にいるように感じていた。 自分の身分の低さを忘れ、世間の人々の冷たい目と差別のことも忘れていた。 まるで夢のようだった。 このような情景は、彼女の奥深く眠っていた願いそのものではないか? 敬慕と愛慕の情が、玉良のまだ蕾のままだった少女の気持を一気に花開かせた。

Photo_4 夜が、人の気持にかかわりなくまたやって来た。 潘玉良は、潘大人が車夫に命じる声が耳に入ってきた。 “張姑娘をお送りしなさい”  “戻るの?” 彼女はハッとした。 おかみと会長が言いつけた仕事がまだ済んでいない。 このまま戻ったら永久に戻れないだろう。 戻っておかみ達に苦しめられるより、ここは潘大人に頼むしかない。 そしてこれは、彼女が助かる唯一の道だった。 考えが決まると、玉良は、潘贊化の目の前の地面に跪き、涙をためた目で懇願した。 “大人、お願いです。 私をお宅において下さい” 彼女のこの振る舞いに、潘贊化は驚いた。 彼は、このもの静かな娘に同情と憐れみを感じていたが、妻ある身として、そんな考えはまるでなかった。 潘贊化の困惑した目を見て、玉良は勇気を奮って、“あの人達は、私をエサにして潘大人をわなにかけようとしています。 もし私を気に入ったとしたら、きっと値段の話になります。 品物が首尾よくうまくまとまればいいのですが、もしダメなら、あなたを妓女と遊び税関業務を疎かにしているとして、あなたの名誉を傷つけようとするでしょう! あなたが私を戻せば、あの人達は、私を能無しと言って、ゴロツキを呼んで私をメチャメチャにします。 私は、大人が立派な方だと存じています。 私をお側に置いたら迷惑が掛かるでしょう。 でも私もしょうがないのです!” この話に、潘贊化は厳しい顔付きになった。 彼はもう何も言わなかった。 その夜、自分の寝室を玉良に与え、自分は書斎で寝た。

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