841中国の三面記事を読む(266)潘玉良:パリで活躍した中国人女性画家: 妓女から画家の生涯 ⑤【完】
2007-06-07 08:24:19 潘玉良:从雏妓到画家
その後、潘玉良の身体は一進一退が続き、年と共に体力は衰えていった。 望郷と友人達に会いたいという思いが強くなった。 体調がいい時、彼女はセーヌの河岸をよく歩いた。 疲れて河辺の石の上に坐っては、河を見ながらボーっとすることが多くなった。 ここはまるで蘇州河の乍浦橋のようだった。 特に落日の時の川面や河岸に木の芽が芽吹き、新緑の並木が出来る頃、春の暖かな風に吹かれ
て、河水がかすかにさざ波を立てる様は、黄浦江の波を思い出させるものだった。 昔、彼女はよく乍浦路の橋の上から、遠く朝日が黄浦江の朝霧を押しのけ上がるのを見ていたし、近くの蘇州河畔の落日の壮大な美しさを見ていた。 あの真っ赤な火の海をどうして忘れられようか? 人生に絶望した時、彼女はいつもそこに落ち着き先を求めた。
ちょうどこの時、二人の恩師が訪れ、彼女を絶望の淵から引き戻し、彼女に芸術の門への通行許可証を渡した。 それ以降、彼女は人間界に立ち戻ることが出来た。 でも誰が、彼女の上海への思いを理解出来たろうか?―――彼女は生涯を通じ第二の故郷と思っていた。
1964年、中仏が外交関係を樹立した。 黄鎮が初代駐仏大使となった。 黄鎮は若い頃、上海芸專を卒業しており、同窓として、彼は何度か潘玉良に会い、彼女に祖国の発展の状況を話した。 潘玉良は、帰国して親しい人達に会いたい、そして絵の創
作もしたいという気持が強くなった。 彼女は子供に手紙を書き、帰国し親戚回りをしたいと頼んでいた。 ところがその願いは実現されなかった。 “文化大革命”ののろしが上がったためだ。 運動が終わった頃、彼女は病に侵され、医師から長期旅行の禁止を申し渡されていた。 彼女は生きている間に、自分の作品を祖国に運び、人々に真価を見てもらいたいと、どんなに思っていたことだろう!
1977年7月22日、潘玉良は光り輝く流星のように、パリの夜空から消えていった。 臨終の前、彼女は後半生面倒を見てくれた王守義に“彼女が果たせなかった願い”を実現するよう頼んだ----------後日、祖国へ戻ったら、潘贊化と結婚した時のネックレスと二度目に彼女がフランスに来る時、潘贊化が贈ってくれた銀製の懐中時計を、必ず潘贊化の身内に渡すよう頼んだ。 ネックレスは潘玉良と潘贊化の花嫁・花婿の写真を同心結(中国の伝統的な結び
方で、相思相愛の象徴。)のようにして飾ったものだった。 懐中時計は蔡鍔将軍が潘贊化に贈った貴重な品物であり、潘贊化が黄浦江で潘玉良に“餞別記念”として贈ったものだ。 王守義は両手にネックレスと“蔡鍔”の文字が見える懐中時計をしっかり手にしながら、目に涙を浮かべ、おえつと共にうなずいた。 それから間もなくして、潘玉良は目を閉じた----。
葬儀の日、墓前には鮮花が沢山飾られた。 中国大使館の献花が一番目につくところに置かれた。 墓地には、美を追求する、肌色の違う、国籍も違う人々、フランスの人々が、哀悼を表す「エゾギク」や「紫色のカーネーション」の花束を持ち、悲しみと哀惜の涙を流していた。 芸術界の友人達は、彼女の死を心から悲しみ、彼女に別れを告げた。 ツルツルとした黒色の大理石の墓石に、白い大理石の
玉良のレリーフが嵌めこまれた。 像の下の方には、10枚ほどの形の違った美しいメダルが掛けられ、右側に一行、中国の漢字で書かれた碑文があった。 「芸術家潘玉良之墓(1899-1977)」
中国の芸術家の中で、潘玉良は彫像作品で初めてパリ
現代美術館に展示された。 この世界芸術の貴重な宝庫の中に、彼女は芸術を追求した中国人として、足跡を残すことになった。 彼女は数多くの困難を克服し、ままならぬ運命に立ち向かい、彼女の生命と才能はすべて人類の芸術に捧げられた。 彼女の現代芸術に対する貢献と画壇
に占める地位は、たゆまぬ努力と追求により勝ち取ったものだ。 彼女の油絵は、現実主義、印象主義、野獣派など、多くの西洋絵画の各流派の基礎を基に、中国の伝統芸術の線描手法も取り入れ、中国芸術の味わい、詩情も見られ、大胆な構図、華やかな色彩の中に、律動感と美意識が感じられた。
彼女の国画は、文人画のあっさりして上品なものとは違い、西洋画技法と後期印象派の手法を取り入れながら、また中国民間芸術の素朴さ、重厚さ、静謐さの味わいを取り入れ、中国の筆墨精神と西洋画の実体感の一体化に成功し、独特の美の境地を見せている。
1983年、中華人民共和国文化部は、中央美術学校、広東美術学院の専門家をフランスに派遣し、王守義が潘玉良のためフランス・パリ博物館に保存していた3000余件の芸術作品を全部祖国へ持ち帰り、安徽省博物館に収蔵した。 1992年、上海美術館と安徽省博物館は合同で、
上海で、“潘玉良画展”を開催した。 2002年3月8日の“国際婦人デー”に、上海図書館、安徽省博物館、上海大学美術学院は合同で、“潘玉良人体絵画精品展”を開き、若い観客に潘玉良の芸術作品を鑑賞させると共に、彼女の芸術へのたゆまぬ努力の足跡を紹介した。
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