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853中国の三面記事を読む(273)米紙「中国のカンフー」を論評:少林寺はなぜ北京オリンピックに出場しないのか?

2007-12-15 09:30:43 美报评论中国功夫:少林寺谢绝出征北京奥运

来源: 中国新(北京)   网友评论 60  论坛

Photo ロゲ国際オリンピック委員会会長一行が、河南省嵩山少林寺を訪問した。図は、ロゲ会長と少林寺の武僧たちとの記念写真である。

中新ネット12月15日電:アメリカのウオール・ Photo_3 ストリート・ジャーナルは、14日、「少林寺はなぜ北京オリンピックに出場しないのか?」と題するコラムを発表した。 記事はまた「武術の目的」について、中国で広範な討論が行われていることにつ いても触れている。 アメリカメディアが、中国のカンフーについて報道することは非常に稀なことであるので、その記事の概略を紹介する。

中国少林寺の武術の中には、手に持つ「ヌンチャク」のような伝統的武器もある。 これは重さ10キロくらいのものだが、武術の達人釈徳明がこれを使うと、楽団の指揮棒のように軽々と扱われる。 彼の「鉄線拳」はまるで拳が、「稲妻」のような速さで連続して繰り出され、その音は武侠映画の音響効果さながらである。 彼がその得意の技を披露する時発するその気合の声からも十分に迫力が伝わってくる。

Photo_5 1500年の歴史を持つ嵩山少林寺の釈徳朝及びその武僧達は、来年の北京オリンピック中行われる、現代最大の競技といわれる武術競技大会への参加を辞退している。 

Photo_6 釈徳朝は今年39歳、あだ名は「大胡子」(大ヒゲ)、淡紫色の袈裟をまとい、彼は、「真の武僧は人と争わず、座禅と武術の修練を通じて、禅を悟る」のだと固く信じている。 「私の拳には、仏様への熱い思いがこもっています」

Photo_7 来年のオリンピック期間中行われるこの競技は、オリンピックとは切り離し実施されメダルも授与される。 しかし少林寺はこの競技へのの参加を辞退し、中国で論議を呼んでいる。 武術とは自己修練か? 格闘の技法か? それとも両方併せ持つものか?

仏教禅宗と武術はまったく相容れないように見えるが、両者の結びつきはすでに長い歴史がある。 言い伝えでは、禅宗の祖、達磨大師(Bodhidharma)は、弟子達が長時間座禅をしていると健康を損ねる恐れがあると心配し、少林寺の弟子達に18の武芸を伝授した。 そのうちの多くは動物の動作からヒントを得たもので、これから少林武学経典《易筋経》が誕生した。

少林寺の住職・釈永信は、武術は「動中悟禅」だと言っている。 彼の応接間には、思索にふける仏像が安置されている。 釈永信は熱心な仏教徒の家に生まれ、1981年、少林寺で出家した後、武術と座禅の両道を学んだ。 過去数百年、世事から超然としている仏門にいる弟子達にとって、武力で少林寺を守ることはしきたりとなっている。 しかし武力を使うことは決して彼らの初志ではない。 仏門の戒律によって、生命の危険が迫っている時、またはほかに選択の余地がない時以外、腕前を披露することはできないのだ。

さて今、オリンピック期間中のこの武道競技について、僧人達の「修行と武術」の矛盾が、21世紀の舞台でまた持ち上がっている。

中国武術の競技は、大まかに二大分類され、それぞれ規則が定められている。 第一の種類は「套路」(武術の一連の型)で、その形は「自由体操」に似ている。 力、リズム、協調性、精神等の基準を出演者が演じる「神龍擺尾」、「旋風腿」などの武術の型に対して評点するものだ。 もう一つは、「散手」(中国武術での、スパーリング組手)で出場選手が防具を着けて格闘するものだ。

国際武術連合会(International Wushu Federation)は先月、北京で第9回世界武術選手権大会を開き、65キロ級の散打選手・張勇が全会場から「中国ガンバレ」の大合唱の中、ロシアの対戦相手を倒し、この種目で金メダルを取った。 

今年24歳の張勇は次のように語っている。 練習中怪我することもある。 武術は格闘であるけれど、最終的には精神修養だ。 この精神は宗教上の悟りとは違うもので、祖国に対する愛だという。

しかし釈徳朝に言わせると、この精神は「気」である。 少林の仏教学の理解によると、「気」とは呼吸であって、力ではない。 言うならば、友人と静かにお茶を飲んでいる時も、内力の修養ができるという。

21歳の中国武術の「套路」の試合のチャンピオンとなった馬霊娟は、私達はみなトップの選手です。 少林寺の和尚さん達は武術のアマチュアです。  馬霊娟は10歳から槍術を始めたということだ。

少林寺の釈永信主管は、「少林の僧達は、心に禅の悟りを持ちながら、また少林を愛するため武道に励んでいる。 一方、スポーツ選手は栄誉を得んがため練習している。 この両者は、練習の持続性と練習の段階において優劣は一目瞭然です」

7,80年代、カンフーは映画やテレビで大流行した。 中国仏門の伝統的ストーリーが現代の役者によって国内外の観客の目の前に展開された。 1982年、李連傑(ジェット・リー)主演の《少林寺》は、その中の一つだった。 今や、中国と全世界で6000万人を超える人達が、中国武術の練習を始めている。 武術の練習の目的は、依然として敏感な討論のテーマとなっている。

中国武術協会の康戈武事務総長は、少林寺は一寺院に過ぎない。 武術は中国での歴史は長く、少林寺が出来る前から、中国人はすでに武術の練習を始めている。 中国人にとっては武術は運動であって、宗教の修行ではない。

少林寺にとって、その武術を維持し続けるイメージが、少林寺を大きくし、寺院を運営する費用問題をも解決している。 メディアから「住職CEO」と称されている釈永信は、自ら観光ビデオを作っている。 この一時間のビデオには映画《グリーン・デスティニ-》の音楽担当・譚盾の曲をバックに流し、また百名の学生による武術の実演を行わせ、一枚32ドルで売り出している。

釈永信は、「観光が少林寺にもたらす収入は、実際には想像されるようには多くはありません。 少林寺がやるべきことは、禅の考えと博愛の精神を広めることです」と語った。Photo_8 Photo_9

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