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733中国の三面記事を読む(208)金庸の武侠小説 中国の教科書に採用される(3)

2.金庸武侠作品中学・高校の教科書に採用 論議を呼ぶ(下)

2.2007-08-16 04:01:31 金庸武侠名著“入侵”中学課本引争議

来源: 竞报 网友评论 1606  论坛

支持派:金庸文学には「情があり、義がある」

Photo “金庸の文章をみなさん読んだことがあるかどうかわからないが、私は大好きだ。 作品の中で描かれた人物は、生き生きとして活気にあふれている。 最高傑作で、内容が実に真に迫るものがある。 彼の世界には、情があり、義がある。 読み終わった後、人生とは何か? 英雄になるにはどうすべきか? を教えてくれる”19歳の黎松林さんは、金庸の小説についてこう語った。 黎さんは、今年、湖南省の醴陵一中(高校)を卒業したばかり、大学Photo_2 の合格通知を待っているところ。 彼は文科だったが、国語の成績はあまり良くなかった。 特に作文は先生からしょっちゅう直され、時には先生の部屋に呼び出され叱られた体験を持っている。 “大嫌い!” 教科書の中の魯迅の文章について、黎さんは、遠慮することなく言った。 “私は、魯迅の文章はなくすべきだと思います。 彼の書いているのPhoto_3 が悪いというのではありません。 魯迅は偉大な作家です。 でも私達はもっとわかりやすい文章を読みたいのです。 彼の文章はわかりにくいんです” 黎さんは、“中学、高校と同じように魯迅でした。 覚えているのは、小学校の時から試験の時、先生が説明してくれた魯迅のわかりにくいところを理解し、暗記すれば、試験の成績は「ばっちり」なんです。 教科書の教材を作っているのは、みんなおじPhoto_4 さんおばさんでしょう。 私達はあんな訳の分からないものはイヤですし、文章の中味を探るなんてこともキライです” この19歳の青年は、高校生活を終えたところで、どうしても言わずにいられないといった感じで語った。

以前、《天龍八部》が、高校の教科書の国語読本に採用された時、父兄、先生、反対者は心配した。 Photo_5 “武侠小説は、娯楽的な文学形式のもので、その思想的レベルは高くない。 もし教材として採用されたら、学生達に良い指導ができない。 武侠小説の中の殺人場面や恋愛描写は、学生達に良くない影響Photo_6 を与える” これに対して黎松林さんは、逆に、金庸作品の中に「情と義の世界」を見、「国家のために犠牲となる“大義”」を見ていた。

金庸と魯迅の作品は、決して比べられるものではない。 金庸の作品は、豊富な想像力と面白さがある。 彼は、中国語の魅力をより一段高いレベルに引き上げた。 彼と魯迅はそれぞれ違った表現方法があり、決して両者を比べることなどできない。 金庸の後期の作品には魯迅のいろいろな影響がある。 彼らには似通ったところがある。

テーマ:金庸《教科書侵入問題》の評論

私達の基礎である国語教育の中には、多くのものが混ざっているため、言語の基本的活動を見落としがちである。 教科書編集者の方々は、いつも愛国の情熱をかきたて、民族精神を反映した文章を読ませようとしているが、実際、授業の中で、“熱情”と“精神”を強調されればされるほど、私達は国語から遠ざかってしまう。

Photo_7 中学の頃、私達が机の下に隠していたのは、“たちまち聞こえる馬蹄の響き、十数頭の馬が疾風のように、山を駆け上っていく” 蕭峰が聚賢山荘で大酒を飲んだ後の殺し合いに、私達は英雄達の活躍に胸を躍らせたものである。 また阿朱を誤って殺してしまい、自分の手で愛する人を埋葬する時、私達は、彼のやさしい心と義侠心に感動したものだ。 その当時、私達はみんな願っていたものだ。 もしいつか国語の教科書に《天龍八部》が載ったら、授業をまじめに聞き、授業が終わったら積極的に宿題もやり、試験はいつも「優」を取るのにと考えていた。

正にうまい具合に、それからそんな経たないうちに、現在の中学生達の身の上に、私達の夢が実現されたのである。 《天龍八部》が必須の国語の教科書に採用されたばかりか、《雪山飛狐》も副読本に取り上げられた。 でも、わずか十数年の昔、私達が金庸をこっそりと読んでいた楽しみを忘れてしまうのが許せない。 

今もなお暇な時に、かって十数回読んだ《鹿鼎記》を読み直すこともあるのに、私達は教科書の魯迅と朱自清を懐かしく思い出し、責任感を振りかざして、教科書改訂は、伝統的な作品をないがしろにしていると批判し、“金庸は魯迅に取って代わろうとしている”と心配するのだ。 

金庸の作品が、国語の教科書、副読本に採用されることは中国語の豊富なジャンルを中学生に見せることになり、大いに役立つものだ。 中学生達が武侠小説を読んで、それに夢中になりすぎ、“大国文化”を忘れるなんて心配する必要はないんじゃないだろうか? 「男は金庸を読み、女は瓊瑤を読んだ」年代に学生だった人達も、今や立派な大人となり社会人となっている。 金庸作品が、彼らに残したマイナスの影響はまったく見られない。

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