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690中国は見る(397)中国はなぜ日本に追いつけないのか?(下)

2005-11-01 23:06:28 :中国赶不上日本

本文网址:http://bbs6.news.163.com/zhongri/264354,448.html

原因の4:中国人は互いに足の引っ張りあいをするのに対して 日本人は心から団結する

どの集団にも、競争と協力の両面がある。 中国人は、集団の中での競争が高まると、しばしば闘争となる。 歴史上、中国人自身の闘争は中国に被害をもたらした。 外国が中国を侵略して引き起こした被害より遥かに大きいものだった。 中国人は生来、互いの足を引っ張る傾向にあるようで、政治運動の中で特にはっきりと見られる。 中国人は小さい時から、他人を信用しない教育を受けており、政治運動が起こると、互いに疑い、互いに摘発・密告し、ひどいのになると自分の利益のために人を裏切ったりする。

日本人の間にも内紛はある。 しかし、この内紛は抑制されたもので、一般共通の利益のものまで損なうところまではいかない。 それに対して、中国人の内紛はというと、抑制なんてまるでなく、自分の敵を倒すためには、違う民族の助けを借りたり、外国人に頼ったりする。 呉三桂は李自成をやっつけるため、清兵に頼んで同族の漢人を攻めさせた。

汪精衛は蒋介石と対抗するため、日本人に頼る道を選んだ。 中国人は、往々、内部の競争相手に勝つため、外部の共通の敵を倒すことより、重要な位置に置くことがある。 だから中国には漢奸が多いのだ。

日本人は外国の捕虜を虐待することで有名だが、

自国の人間を虐待し殺すということはあまり聞かない。 中国人は外国の捕虜には友好的である。 中国で服役した日本の戦犯は、帰国後みな中国で人道的待遇を受けたと述べている。 

しかし中国人は、中国人の捕虜に対しては残虐で、内戦中の捕虜となった国民党、共産党双方の結末は悲惨なものだった。 中国の教科書には、“中国民族は平和を愛する民族です”と書いてある。 中国人は確かに、他民族を侵略したことは少ない。 どちらかというと、他民族との和平を愛するようだ。 しかし自国の中の和平はあまり好きではない。 文革の残酷な闘争を経験した中国人は、“中国民族は平和を愛する民族です”という言葉については疑問に思っている。

中国人の内紛は、今、経済分野に及んでいる。 中国のメーカー間で、輸出コスト削減競争が行われ、最終的には共倒れになってしまった。 日本の企業は、国内で激烈な競争をしても、対外国では団結して立ち向かい、外国市場で激烈な争奪戦を繰り広げる現象は見られない。 これも日本の輸出が、ずっと黒字を維持している理由の一つである。 一人の日本人は、別にどうってことはないが、10人の日本人が一緒になると、質的な変化が起きる。 人心がまとまっていない中国人集団は、一致団結した日本人集団には到底敵わない。 日本人に、“なんでそんなに団結できるのか?”その秘密を尋ねたら、逆にその日本人は怪訝な顔をして、“同じ民族だから、団結が難しいなんてことあるもんですか?”

と言われてしまった。 どうやら民族性の形成は、一朝一夕にはできないようだ。 中国人の内紛好きの民族性を変えようとするには、多分、1-2代では出来ないだろう。

原因の5:中国人は健忘症なのに対して 日本人は執着心が強い

現在、日本人が新年になると靖国神社を参拝することについて、あれは戦犯を懐かしく思っているのだ、軍国主義復活の兆候だという人がいる。

日本人の参拝の動機がどうであれ、新年や祭日の時に日本人が大勢、神社を参拝することは、日本人が、昔、国のため犠牲となった“烈士”を忘れない気持の表れを説明するものである。 中国には、抗日戦争中、やはり国家のため亡くなった沢山の“烈士”がいる。 しかし、現在どのくらいの中国人が、彼等を覚えているだろう? もちろん、彼ら英霊を参拝しているだろうか? 中国には烈士記念碑があるけれど、そこは中国人の遊覧地になってしまっている。 そこへ行く目的は、“烈士”を追悼するのではなく、遊びのため、景色を見るためである。

日本は戦後、激戦の太平洋の各島々で、巨費を投じて日本兵の遺骸を集め、国へ搬送して埋葬している。 ベトナム戦争でアメリカは、ベトナムと国交を回復する時の要求の一つに、ベトナムからの米軍兵の遺骸の返還要求があった。 またベトナム各地での米軍の遺体捜索も求めた。 ところが中国は、ベトナムとの関係正常化の時、中国とベトナムの戦争で亡くなった中国兵士の遺骸問題についてはまったく触れなかった。 中越戦争の烈士達は、一時的に話題になったが、すぐ忘れられてしまった。 朝鮮戦争、抗日戦争の烈士達も、今はすっかり忘れられてしまった。

中国人は、口では日本の侵略の歴史を忘れないというけれど、大部分の中国人は、あの血なまぐさい事件を忘れている。 中国の大学生が争って、日本へ留学したり、若い女性が日本人と結婚したり、農民が争って日本へ密航したりするのを見れば、中国人の日本に対する恨みの程度が推測できるというものだ。 だいぶ前に、中国大使館が爆撃されたことがあった。 中国の大学生達は大いに反米意識で盛り上がっていたが、数ヶ月も経ったら雲散霧消してしまった。 現在、トーフル(TOEFL)を受験してアメリカへ行こうとするものは、減るどころかますます増えている。 これも中国の健忘症を如実に示しているものである。

中国人の健忘症と対照的なのは日本人で、実に執着心が強い。 一つの目標を達成するためには、恥を忍び、臥薪嘗胆、何十年といわず何百年と懸命に頑張る。 日本人が毎年、第二次大戦の戦没者(大半は戦犯である)を参拝するのを批判する人達も、日本人に学んで、我々の“烈士”に感謝しお参りすべきだ。 自分の国のために命を捧げた烈士を簡単に忘れてしまう民族は、所詮、強い民族の凝集力を持てる筈がない。 

最後の問題:中国は日本に追いつけるか?

多くの中国人、特に日本人とあまり接触したことのない中国人は、日本人に一種の“先入観”を持っている。 日本人はきわめて特殊な民族であり、日本人は野蛮で残酷だ。 それに自分の犯した罪を認めず、謝罪もしない。 或いは、日本人は中国人のことを軽蔑し、悪意を持って見ている。 また機会があれば中国人を辱め、中国をやっつけようと考えている。 もっとひどいのになると、日本とのスポーツの試合を一種の戦争とみなし、日本に勝った時などは大いに溜飲を下げ、ほかの国に負けようとも日本人にだけは負けられないと思っている。

中国人は、日本をなんとしても追い越したいと思っていながら、一方、日本人の長所をまともに見ること、そして自分自身の欠点を正視することが出来ないでいる。 日本人は確かに多くの欠点がある。 しかし我々が日本人の欠点ばかりあげつらい、色眼鏡で日本を見、批判ばかりしても、日本の発展には何の影響もないばかりか、逆に自分の目をごまかしていることになる。 その昔、中国人は、米帝国主義、ソ連修正主義と全精力を挙げて非難していた。 しかしその結果は、“米帝、ソ修”の力を弱めることが出来なかったばかりか、却って自国を弱めてしまった。 

日本人はアメリカ人に負けたことを自国の恥と思っている。 中国人は逆に日本人に負けたことを日本の恥だと思っている。 

中国が日本に追いつけないのは、中国自身の恥である。 日本を批判することで中国の(恥)を言い逃れようとする人は、中国人の小さな自尊心を満足させるだけで、中国の進歩にとって、まったく何の役にも立たない。

別の角度から日本を見るなら、日本は謙虚に学び、進取性に富み、滅私奉公、忍耐力のある民族で、世界でも優秀な民族である。 中国人が日本に追いつけないのは、結局は、中国人自身の問題に帰結する。 中国人は、中国民族の欠点と多くの問題を抱えていることを認識し、その欠点と問題を正視し、深く反省し改めるべきだ。 もしそれが出来ないなら、中国が日本を追い越すという美しい夢は、シャボン玉のように消えてしまうだろう。

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