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689中国は見る(396)中国はなぜ日本に追いつけないのか?(中)

2005-11-01 23:06:28 :中国赶不上日本

本文网址:http://bbs6.news.163.com/zhongri/264354,448.html

原因の2:中国人は現状に安んずるのに対し 日本人は絶えず進取の気象に富む

1950年代、日本がアメリカに商品を輸出しだした時、「Made In Japan」は、今日の「Made In China」と同じで、安物商品の代名詞だった。 当時、日本製の一着1ドルの「シャツ」は、アメリカの商店の一番安い棚に置かれていた。 高い商品棚には一着10ドルのアメリカ、ヨーロッパの商品が並んでいた。 日本の衣料品メーカーは考えた。 同じ「シャツ」なのに、なんで日本の製品はたった1ドルで、アメリカ、ヨーロッパの製品は10ドルなんだ? 日本のメーカーは、各種の高級シャツを購入し、その秘密を研究した。 10年後、日本製の「シャツ」は、高級品の棚に置かれるようになった。 安い棚には日本の品は見られなくなった。

中国は1980年代になって、アメリカへ1ドルの「シャツ」を輸出した。 しかし現在もまだ、1ドルで売っている。 しかもずっと売り続ける模様だ。 中国人はいつも現状に甘んじてしまう。 「シャツ」が1ドルで売れれば、ずっとそのまま売り続けていく。 商品を積極的に、新しい物に変えていくという進取の精神が乏しい。 中国はカラーテレビの生産ラインを導入しても、どの工場も導入時の苦労だけで永遠にそのまま作り続けていき、改良しようとか、新しくしようとか考えない。 カラーテレビといった家電製品のモデルチェンジはものすごく早い、商品のタイプによっては寿命は1年か2年しかもたない。 だから中国家電企業の平均寿命もせいぜい2年くらいだ。 中国企業の寿命は、その生産商品の寿命と同じくらいだと言える。

中国人の現状に安んじる処世態度は、中国企業の商品のモデルチェンジでもいつも消極的で、商品を完売してからといった状況は依然として変わらない。 これに対して日本企業の商品は、常に積極的にモデルチェンジを行っている。 だから中国製品は、いつまでたっても日本製品と比較することなんかできない。

現在、日本製品ボイコットを言ってる人達がいる。 しかしこの人達は、中国人がなんで日本製品を買うのか考えていない。 もし中国の製品が日本製品より質がよく、価格も安かったら、日本製品ボイコットなんて言い出すこともないのだ。 みんなに日本製品を買うなと呼びかける前に、なんで中国の製品を日本よりよくしろと考えないのだ。

原因の3:中国人は私利私欲に走るのに対し 日本人は滅私奉公

中国人がバスに乗る時、席の奪い合いをする風景をよく見かけることだろう。 中国人は自分の利益のことについては、細かいちょっとの損さえ嫌がる。 バスの座席といった、こんなどうってことのない利益でさえ、みんな必死になって奪い合う。 中国の国営企業は大鍋飯(待遇が一律である)だ。 日本の企業も基本的には大鍋飯で、働きが良くても悪くても同じようだ。 だが、日本の大鍋飯は、一緒に豊かになっていくが、中国の場合、貧乏になっていく。 日本人は働きが良い人悪い人であろうと一人一人は結構まじめに働いていて、自分が余計働いたから損したと思う人はいない。 中国人はまったく違う。 みんな自分は少しでも少なく働き、他の人が沢山働けばいいと考えていて、結果はみんな働かないのだ。

中国人の世界観は、“いいことがある時は、自分が先を争ってでもやるが、難しい時には、人に犠牲になってもらう”だ。 ところが日本人は、“滅私奉公”の精神で中国人を遥かに抜いている。 日本軍はどの戦争の時も、戦場の将校達の死亡率が多かった。 その理由は、日本の将校達はいつも兵士の先頭に立つためで、これが日本軍が勇敢だったという原因の一つでもある。 一方、中国の軍隊は戦争の時、将校は後方に隠れ、銃で兵士達を突撃させていた。 これがいわゆる“督戦隊”(戦闘監視隊)と言われるものだ。 中国の軍人は、ほかの兵隊に犠牲になってもらって自分を守るという小賢しさはあるが、結局は敵が攻めてきてみんな犠牲になってしまう。 だから中国軍隊の戦争での死傷者は多く、“ささやかな利益を求めて大損する”典型といえる。

現在、中国の大学生は次から次と国外へ出て行き、自分を貧困から脱却させようとしているが、一方、中国人を貧困から脱却させるのは俺達の責任だと中国に戻るというものは数少ない。 日本は1950年代、やはりアメリカへ大量の留学生を送った。 その当時のアメリカの水準は、日本より遥かに高かった。 しかし日本の留学生は、学業を終え日本へ戻らない者はまれだった。 中国人は戦乱に乗じて、各種の文物、遺跡を盗むものが多かった。 先頃も重点文物に指定されている仏像の頭を切り落として海外に売ろうとした中国人のことが報道されていた。 

しかし日本では、第二次大戦中、多くの古跡が爆撃にあったが、そんな時に乗じて、文物・財宝を盗むものはいなかった。 日本人は祖国に対する奉仕精神と責任感は強く、これは、あるいは中国人には理解できないものだろう。

中国人の心には、自分という“自我”意識はあっても、国家、民族といった“集団”意識はない。 孫中山は、中国人は“ばらまかれた砂”のようだといった。  中国人の心を団結させるものが見当たらない。 中国人の世界観が、私利私欲を超えた“集団”となれなければ、中国人は、世界の先進国の仲間に入ることは難しいだろう。

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