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688中国は見る(395)中国はなぜ日本に追いつけないのか?(上)

2005-11-01 23:06:28 :中国赶不上日本

本文网址:http://bbs6.news.163.com/zhongri/264354,448.html

日本は歴史上、科学技術にしろ、文化にしろ、中国に数十年ないし数百年遅れていた。 アヘン戦争以前の中国は鎖国だった。 日本も同様鎖国で外国との交渉を断っており、欧州の新興文明との往来もなかった。 1840年、英国の軍艦が武力で中国の鎖国の扉をムリヤリ開けた。 1853年、米国の軍艦が日本の港に入り、武力で日本に開港を迫った。

当時の日本の立場は、中国とまったく同じで、西側列強に多くの不平等条約を結ばされた被侵略国家であり民族だった。

従わざるを得ない状況の下、中国と日本は奮起して国家の富強を図る近代化運動を始めた。 中国と日本の近代化運動のスタートラインは一緒だった。 その目的は同じで「富国強兵」だった。 1870年、日本が近代化運動を始めたとき、日本は西洋に遅れていたばかりか、中国より数十年遅れていた。 しかし現在、日本は最も発達し、世界の先頭を走っている国の一つであり、中国は依然遅れた発展途上国の中にいる。

100年ほど前、日本は中国に数十年も遅れた無名の小国だった。 それが一躍、中国より数十年も前を歩いている先進国となった。 我々に一つの問題を考えさせないわけにはいかない:「中国は、なんで日本に追いつけないのか?」

客観的な原因を考えた時、中国には日本を超えることが出来る沢山の理由があった。 中国は土地が大きく物産が豊富であるのに、日本は自然資源がきわめて乏しい。 中国の人口は多いけれど、人口密度は日本より少ない(中国の人口密度は、1平方キロ130人に対し、日本は1平方キロ当たり330人である)。 1840年以来、西洋の国が中国に投資した額は日本より遥かに多い。 中国が日本に追いつけないのは、明らかに、中国自身の問題であると言わざるを得ない。

原因の1:中国人はやたらと尊大ぶるのに対し 日本人は謙虚に学ぶ

中国は西側列強にやっつけられた後も、依然として“中国文明は世界第一”と信じて疑わず、西洋人が中国を侵略するのを“子供が親父を打っている”として何とか自分を慰めていた。 改革派にしたって、中国が西洋に負けたのは、西洋の船が頑丈なのと大砲が良かったからだ。 中国文明自体は西洋に遅れていないと考えていた。 しかし日本人はやられた後、真剣に、“なんで西洋人は頑丈な船と大砲が作れるんだ?”と考えた。 それ以前、日本人も中華思想を信じており、中国が世界文明の中心であり、中国に学ばない民族は、未開の野蛮人と考えていた。

西洋列強が、日本にムリヤリ入ってきた後、日本人はハタと気付いた。

自分達は野蛮な西洋人と思っていたが、本当は文明人なのだ。 自分達こそ正真正銘の未開の野蛮人だ。 そこで日本に“脱亜入欧”運動が起こった。 脱亜論者は、中国・朝鮮等アジア国家は、未開の野蛮国家であり、これら野蛮人と一緒だと“墨に近付けば黒くなる”で、東アジアの悪いところに染まってしまうと公言してはばからなかった。 日本が文明国家となるには、東アジアのこんな悪い連中とは絶交すべきだ。

ただひたすら欧州の“いい連中”と付き合うべきだとして、日本人を黄色で中身は白いバナナのような、白人の思想を持った黄色人に改造しようとした。 

1871年、日本は大久保利通財政大臣、伊藤博文工商大臣をはじめとする100人ほどの欧米視察団を派遣し、欧米22ヶ月間の長期視察を行い、西側各国の政府制度、司法機構、教育体系等について詳細な調査研究を行った。 当時の米国のグラント大統領、英国のビクトリア女王、フランスのティエール大統領、プロシャ(ドイツ)の皇帝ヴィルヘルム2世、ロシアの皇帝アレクサンドル2世など、みな日本の視察団と会見した。 特にプロシャの鉄血宰相ビスマルクは、わざわざ日本の視察団を招待して、宴席でプロシャがどうやって弱小国から強国になったかの体験を縷々説明した。 日本人達は、それを聞いた後、“富国強兵の秘訣はこれだ”と驚嘆し、この後、日本はドイツに学ぶことを決め、ドイツ式の軍国主義の道を建国方針とした。 これは、日本がその後対外侵略拡大の遠因となったものだ。 

1875年、清政府は、日本に中国と一緒になって西洋列強と対抗するよう招請したが、日本に拒絶された。 日本はもう“脱亜入欧”の道を決め、二度と中国のような落伍国家と同盟を結ぶつもりはなかったのだ。

日本は1895年の日清戦争で中国を破り、1905年、日露戦争でロシアを破り、“脱亜入欧”で生まれ変わった改革の道の正しさを証明して見せた。 1945年、日本は戦争に負けた後、今度は、自分が負けたアメリカに真剣に学び、また再度、民主主義の道へ生まれ変わった。

軍国主義の日本を民主主義の経済大国に改造した。

中国は今もって貧困で立ち遅れている状況から抜け出せないでいる。 その最大の原因は、中国人の尊大ぶった性格によるものだ。 中国人はいつも自分の長所を口に出し、他人の欠点ばかり探している。 西洋に学ぶなどと言うと、すぐ多くの人が出てきて論争しだす。 “中国にも中国のいいところがある。 西洋には西洋の悪いところがある。 中国人は、西洋の科学技術が中国より進んでいることは認めるが、西洋文明が中国文明より進んでいるとは認めるわけにはいかない。 日本人はノーベル賞を2回受賞しているのに、中国人はまだ受賞していない。 だからと言って、中国の現代文学が、日本より遅れているとは思わない。 ノーベル賞の選考が不公平だと思う”

現在、多くの人が“島国根性”という言葉で、日本人を批判している。 だが、この言葉を最初に言い出したのは日本人で、日本人が自国を批判し、自国を風刺するのに使った言葉だった。 1893年頃、日本の思想界は、日本人の伝統的な排外的で、無知、自己陶酔、偏執狂的な“島国根性”について辛辣な自己批判と自己反省を展開した。 一方、中国人は自己批判の勇気が欠けており、というより、“中国文化は世界一”という自己陶酔にはまっていて、西洋文明が中国文明を完膚無きまでに打ちのめしている現実を直視できないでいる。 中国人の偉そうな態度は、日本のように謙虚な態度で真面目に他国の先進的経験を学ぶということが出来ず、中国人はいずれ近い将来、日本に追いついてみせるという明るい夢を持っていても、その夢を実現することが出来ないでいる。

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