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马立诚:历史问题不应成为中日关系的核心问题

http://bbspage.bokee.com/gdft/mlc2007/01.htm
访谈时间2007525日 访谈地点:北京人民日

Photo_1580 また、漢奸よりもっと悪い、漢奸すらかなわないと言われる人達もいる。

それは新儒家 唐君毅が彼の“説中華民族之花果飄零”(中華民族の果実落つ)の中で述べている人達のことだ。 “便利を追求するため外国籍に入る”。 なんと中国人を棄て、あっさりと外国人になりきり、外国の憲法に忠誠を誓うのだ。 唐君毅が言うには、中国人の中には都合のよさを求めて、自分の国籍を変え、他国に長期滞在を画策するものがいる。 ひどいのになると中国語まで捨ててしまう。 これは中国文化の根幹を放棄するもので、“中華民族を永久に再生できなくさせ”“果実朽ちさせる”もので、正に一大悲劇である。 彼は更に述べている。 中国国籍を棄てて、どうしてまともな人間となれよう。 この本は1974年台湾で出版され、2002年再版された。 グローバル化した今日、またEU統合の成果を見る中、あなたは唐君毅の言葉を偏狭だと思うだろうか?

感情的に漢奸の帽子を振り回す憤青は、一様に見識が狭く、まったくバカげた連中だ。 今の“漢奸論”の流行は、偏狭な民族主義ブームの表れであって、その人達の頭の中のロジックがどうなっているのか気が知れない。

ブログ中国:私達の国内で最近出現している民族主義を、総じて偏狭だとお考えですか?

馬立誠:一部の人は間違いなく偏狭な民族主義です。 民族主義は国際的な理解としては、偏狭な民族主義と同一視されています。 それ自体、非理性的なもので、血縁関係に基づき生じる感情的な産物です。 民族主義は、時には凝集機能を発揮し、外国の侵略と圧迫に立ち向かい、民族の利益を勝ち取り、守る働きをすることがあります。 また時には、ヘロインとなり、これを吸い込んだ者を、熱狂の渦に巻き込み、戦乱とか逆行の原因となることもあります。 民族主義の政治的要求は「一民族一国家」であり、これは中国にとっては、福音ではないだろうか? 民族主義が吹き荒れると、実際、分裂した祖国の力が強化されるのだ。 また、民族主義の熱狂は、往々にして閉鎖的意識と一緒になって、“文革”の中の英国代表部焼討ち事件のような騒ぎを起こすことがある。 だから偏狭な民族主義は、実際は、中国の国家安全を破壊し、中国の現代化を妨げるものである。 このことを我々は、大局的にハッキリ認識しておかねばならない。

愛国意識は、往々にして国を誤り、理性的愛国は往々にして外国に媚びると言われる。 これは中国の悲劇だ。 柏楊は、かってこの問題を生み出す根本原因を指摘し、これは中国人の意識構造に問題があって、理性が足りないと言った。 彼は、“自分の一生をかけて、中国人の理性を増やすために努力する”と述べた。

ブログ中国:あなたのブログの後には、理性的でない人達の書き込みがあります。 中には、とても強烈で、下品な言葉で批判していますし、ひどいのになると暴力を使うという者もいます。 これについてどう対処されていますか? 

Photo_1581 馬立誠:カントは言っています。 知識人とは何か? “公の仕事をする中で理性的に運用する勇気がある人” 柏楊は、正にこの理念を自分が求めるものとして“醜い中国人”を書き、中国人に前進を促し、反省させ、理性を向上させようとした。 この本は、1980年代、大陸に紹介された時、猛烈な反対にあいました。 多くの人に受け入れられず、柏楊は漢奸だと言われ、この本は一時期発禁処分にされました。

私は、柏楊のように強烈ではないけれど、公の仕事を理性的に運用するよう努力しており、それが、私が“対日関係の新思考”を書いた理由の一つでもあります。 自分が出来ることで、中国の人々の考えを促進させ、現代的ビル建設と同時に進行させようと考えました。 現在、現代的ビルはどんどん建っています。 しかし人々はビルの後を歩いています。 これはどういう意味か? というと、つまり人々の考えは、ビルの後方にあって、ちっとも現代化されてないということです。

もちろん、柏楊との遭遇のように、理性的努力が非理性的反抗に遭うこともあります。 これは私も想定していました。 “対日関係の新思考”が、2002年発表された時、反対の意見が、北から南まで、天地を覆い隠すように吹き荒れました。 現在は、あの頃よりだいぶ良くなりました。 今もネットでまだ非難する人がいます。 でも、私を支持してくれる人の方が多いです。 大勢の人が私に、政界、知識界の人達も私を支持していると話してくれます。 ただ、みなさんネット上に書き込みをしたり、意見を書いてはくれません。 みんな忙しいんです。 そんなことする暇があるもんですか? 私自身の経験からもそうしたものです。 人の思考には一定のプロセスがあります。 歴史の発展に従い、人々の見方を変えることがあると私は考えています。 今、みんなは、柏楊に対する見方、もう受け入れているんではないでしょうか? ある青年が私に手紙をくれ、最初あなたに猛烈に反対したのは、感情的になりすぎたためだと、書いてあった。

私はブログの書き込みについて、理性的に考えたものなら、たとえ私に反対するものであっても保存しています。 しかし、人を非難したり、個人攻撃の言葉の暴力のようなものは、みんな削除しています。 だって、そんなの残したって変なサンプルにしかなりませんから。 北京大の鄭也夫教授がこう言っています。 非難する人の中には、たまたま恋愛がうまくいかなかった人だとか、会社でストレスを抱えている人だとか、或いは親とケンカしてしまったとか------原因はいろいろあると思います。 でもこんな乱暴な画象を、外部の人に見られたら、どんな印象を持たれるでしょう? 中国脅威論を倍増させるんじゃないだろうか?

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