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北陸の名勝地

2003-12-18 旅途日本北陆的历史名胜

文章来源:金羊网

日本は国内各地の歴史の旧跡を大切にしている。 京都、奈良、鎌倉など歴史的場所を名所旧跡として保存しているばかりか、地方都市でもしばしば国の“重要文化財”“国宝”“歴史記念物”などと指定されているのが目にできる。 これら郷土色の強い地方の歴史の景観の中には旅人を楽しませるものが結構ある。

最近、日本の本州の北陸(福井、石川、富山)地方に行ってきた。 ここは四季が鮮明で、景色が美しいだけでなく、日本人の長い歴史の中で大切にされ守られてきた伝統文化と心が色濃く残る“神秘の楽園”である。

世界文化遺産----合掌造りの集落

Gassyoutsukuri 富山県上平村と岐阜県白川村の村落は、住民が代々住み続けてきた“合掌造り”と呼ばれる建築群が、1995年ユネスコの《世界文化遺産》

に登録された。 “合掌造り”といわれるものは屋根が60度の角度で、合掌するように組み合わされたもので、大雪に耐えうるように作られている。 木材で組立てられ、外観はすべて茅葺、釘や石などは使っていない。 数百年に亘り保存されてきた。 “合掌造り”は、普通四階あり、一階は食事を作ったり、食べたり、来客用の場所、二階は寝室、三階以上は蚕室。 この釘を使わない建築方法は、数百年前の人々の建築レベルの高さを示すものだ。

揺れる吊り橋を通って、“合掌造り”の多い白川郷の萩町に入った。 ここは全部で120軒あまりの“合掌造り”の家がある。 一部はほかの場所から移転したものもある。 江戸時代そのままの集落を見せてくれている。 丁度、晩秋の頃で黄金色、真っ赤に色付いた樹々が褐色の茅葺の色を一層引き立て、古い集落をロマンチックに彩っていた。 

人々はこの合掌造りの家にそのまま住み続け、きれいにして使っている。 この家を離れ、どこにでもあるような別荘に入ろうとするものはいない。 茅葺の自分達の家を守っている。 刈り終った田んぼも感動的だ。 きれいに刈り取られたばかりの稲田の後はなにもなくきれいだ。 日本人は農作業を楽しんでいるようだ。 

村内には、宿泊、食事、みやげ物などを提供している“合掌造り”があり、旅行者達の多くは、ここでロマンチックな一夜を過ごすことができる。 夜になると、灯りがともり、村中童話の世界のような美しさに包まれる。

日本三大庭園の一つ “兼六園”

Photo_1062 日本の庭園は素朴で優雅、小さいながら中々手が込んでいる。 石川県金沢市にある“兼六園”は日本三大庭園の一つで、特別名勝に指定されている。 “兼六園”は、江戸時代の歴代の加賀藩主が造った池泉回遊式庭園である。 面積は約10万㎡で、日本庭園の精華を集めたもので、曲水還流、山林瀑布、池の畔のあずまや、どれをとっても奥床しい。 園内からは日本海や、医王山が望め、景色は抜群にいい。 “兼六園”の名前は、中国の宋朝の詩人李挌非の洛陽名園記から命名されたという。 その意味は“宏大、幽邃、人力、蒼古、清泉、眺望”の六勝を兼ね備えるということだ。 この名に恥じず、“兼六園”は、第5代の前田綱紀が造った蓮池庭が有名で、蓮池の周りにある唐崎松、桜、楓は四季それぞれ美しい姿を見せてくれる。 また園内の石橋や、石灯籠、石像などはいずれも趣がある。 秋の“兼六園”は黄色、赤が混じって人の目を楽しませてくれる。 数百年前に建てられた古い庭園の中、黄色の落ち葉が敷き詰めた道を踏みしめて歩くのは風情があるものだ。

岐阜高山 “三つの古い街並”

Takayama “小京都”と呼ばれる高山市は岐阜県にある。 ここの寺、神社、橋などには京都の趣があり、京都以上に見ごたえのある場所もある。 高山市内は20分もあれば一回りできるくらいだが、博物館や寺、神社など、ゆっくり見て回るには数日間必要で、独特の風情があり、のんびりしたところが高山の特徴だ。 市の中心は静かな田舎の感じを受ける。 冬は大雪で高山へ通じる各道路が塞がってしまうため、古い伝統が大量に保存されてきた。 高山市の周囲の森林は、高山市に数百年に亘り沢山の良質の新建材として供給され、また高山の趣ある木工芸術として使われた。

高山市独特の魅力をあらわしているのは、三つの古い街(上一之町、上二之町、上三之町)で出来ている三町街だ。 この三つの古い街の両側は、昔からの古い建物が保存されていて、街の中には高山市の伝統工芸品や昔の生活資料を展示している小さい博物館や仕事場があり、観光客は自由に参観できる。 軒下に下がっている杉玉は造り酒屋の印で、杉玉の大きさで酒蔵の規模がわかるようになっている。 ここに住んでいる人達は旅館や酒屋など、いずれも2-300年の歴史があり、どの家も何代も昔に遡ることが出来る。

この古い街の管理はきちんと決められており、街の中を通る人力車夫は、必ず昔の服装を着ることが決められている。 車夫はまたガイドを兼ねていて、観光客に見所や故事来歴をちゃんと話せるようになっている。

街で目に付くのはとてもきれいなことだ。 川の水も底まで見えるし、地上にはゴミ、タンの跡も見えない。 もっと不思議なことはゴミ箱がないことだ。 ツアーの仲間がタバコを吸って、吸殻を手にしたまま困っていた。 この街には伝統工芸品を売っている店が沢山あり、外国観光客を呼び込んでいるが、ホテルで売っているのより随分安い。

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