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513中国は見る(278) 私が出会った日本人 ④

面向未来的中日关系我所认识的日本人 2007-01-12 22:28:24

本文网址:http://bbs6.news.163.com/zhongri/991917,40.html

いつでもネットの論壇の日本人論議では、罵声が乱れ飛んでいる。 また実際の生活の中でも、日本人に対する悪口はよく聞かれる。 でも、日本の悪口を言う憤青(怒れる若者達)諸君、君達はうわさ話だけでなく、本当の日本人に接触したことがあってそういう発言をしているのだろうか?

生活上と仕事の関係で、私は以前、日本の老・中・青三世代の日本人と付き合ったことがあった。 一緒にいた時間は長いものではなかったけれど、日本人の過去、現在、未来について、ある程度理解できたと思う。 

まず日本、といっても決して年寄りではない、多分40過ぎくらいで、テレビなどでよく見る背が低くて小太りの典型的な日本人だ。 幅広のメガネをかけていた----後で知ったのだが、近視ではなく格好よく見せるための伊達メガネだった。 名前を何といったか忘れてしまった。 とりあえず老日本と呼ぶことにする。 彼は、父の会社との合弁のため中国へやってきた。 技術とアフターサービスの指導のためだ。 私はその頃、まだ働いていなかった。

父の会社でブラブラしていた。 だから老日本に対して、直接接したというわけではない。 

ある夕食後のこと。 私が、一人で近くを散歩していると、遠くから老日本が、だんだん私のほうに近づいてきた。 多分彼も散歩から戻ってきたのだろう。 これまで私は、彼と言葉を交わしたことがなかった。 だからいつもの通り黙っていようと思った。 ところが、この時ビックリすることが起こった。 私の5,6歩くらい前に近づいた時、老日本が突然私に九十度頭を下げたのだ。 そして“你好”(こんばんは)と挨拶した。 私はあっけにとられてしまった。 本当だ。 一瞬頭の中は真っ白になり、どうしたらいいのかわからなかった。 考えても見てください。 私と彼は、世代が全く違うわけだし、彼は私の父親の世代だ。 それに私はこれまで年配の人が年下に礼をするなんて見たこともなかった。 私がもたもたしているうちに、彼はもう通り過ぎていった。 私はそこにずっと立ちすくんでいた。

老日本の私へのお辞儀は、私が生まれて初めて人から受けたもので、それ以来二度とないものだった。 その後私は、彼に中国の若い奴は礼儀も知らないのかという悪い印象を与えないためにも、なんでその時すぐお返しをしなかったのかと後悔した。 もしも日本の人がこの文章を読んでいたら、ここで“すみませんでした”と申し上げたい。 中国の若者は礼儀を知らないのではなく、人からこのような丁寧な挨拶を受けるなんて想定していなかったのです。 

だいぶ前になるが、私は工学院の友人(彼女は修士をとり工学院の先生になった)に、このことを話したことがあった。 彼女も憤青派だったのだろう。 “日本人は嫌い、イヤ”と言います。 私がなんで日本人がイヤなのかというと、“日本は中国を侵略した”という。 ああー、日本人が中国を侵略した時、あなた達80年代はどこにいたんだよ? 前世代の恨みをなんで次の世代へ引き継いでいくんだ。 日本人が中国人を馬鹿にする、中国人も日本人を憎んでいる。 たぶんこれが一衣帯水の二つの国が仲良くなれない原因だろう。 私のこの先生は“その老日本は外見だけなのよ” 私は言葉を返さず黙った。 “外見だけ?” あの日本人は挨拶してくれた。 たとえ外見であろうと! 年配の人が年下にお辞儀することはもちろん、年下が年配に挨拶するなんて中国人にできるだろうか?  もう昔のことになるけれど、私は今も、私にお辞儀をしてくれたあの人を思い出します。 名前は知らないけれど、時々ふと頭に浮かぶのです。 “老日本、あなたは今、故郷で元気にお過ごしですか?”

もう一つ、今度は“中”日本です。 といっても中年ではなく、25-6歳くらいでしょう。 この人は技術の仕事ではなく、私の会社の製品の販売先で、製品の品質保全のため、この日本人が監督に来たのです。 彼が日本のサッカー選手の中村俊輔と同姓同名だったので、彼の名前―中村はすぐ覚えました。 こいつは典型的な日本の青年で、木村拓哉風の流行の髪形をし、テレビドラマに出てくる新しい若者と変りありません。 吸ってるタバコは日本製。 背は高く、南方の中国人の男よりもっと高いくらい。 それに簡単な中国語も話す。 ちょっと憎らしいのは、こいつ通訳(チビでちょっと太めだけど色白の可愛い子)といちゃいちゃし、時々肩に手を回したり、突然お尻を撫でたりしているのに、彼女の方はニコニコ喜んでいる。 こいつが柳州に来て半年の間、中国人に対してどんな悪いことをしたかは知らない。 ある時、一緒に食事をした時、私はからかって、中国の女を連れて帰ったらどうだ? と言ったことがあった。 こいつはすぐに、まるでデンデン太鼓のように頭を振った。 通訳の子が知ったらきっと悔しがるに違いない。

しかしこいつは、仕事は真面目で言うことはなかった。 仕事中は持ち場に坐って真剣に点検すべきところをチェックしていた。 時には細かい部分まで細い指を伸ばし、些細なミスや間違いがないかとでもいうように真面目に検査していた。 また時には、みんなと徹夜作業をすることもあった。 よく日本人は仕事中毒というけれど、この中村は仕事中毒とはいえないまでも、仕事に真剣に取り組む態度は見上げたものだった。

最後に“小”日本について話そう。 こいつは正真正銘の“小日本”だ。 年は多分18,9歳くらいだろう。 聞いたところでは、技術専門学校を卒業してすぐ中国へやってきたとのこと。 背は低く、耳輪をつけていた。 また頭は黄色く染めており、ダブダブのTシャツに半ズボンスタイルでタバコをくわえていた。 私達からみると、問題少年のように見えた。 なのに、こんな奴が日本を出国して、中国に来るなんて考えられなかった。 たぶん若いからなのだろう。 私達の部署に実習に来たのだが、来たばかりの当座は、真面目にやっていた。 言うことはちゃんとその通りやっていた。 が次第に、顔を出さなくなった。 ときどき終了間際に、ふらっとやってくるくらいで、実習数ヶ月の間、私が見たのは多くても4,5回くらいだ。

だが、彼に対する印象は強く残っている。 多分彼の格好と若いのに出国して中国に働きに来たことが原因だと思う。

老・中・青三世代の日本人の比較を通じて、極めて浅薄な知識であるが、次のような結論に至った。 それは、“老”世代の日本人は仕事人間、真面目、型通り、仕事に対しいい加減なところがない。 “中”世代の日本人には非常に大きな変化が見られる。 仕事に対してはやはり真面目であるが、生活面では遊ぶ余裕も見られる。 比較して言うならば、“小”世代の日本人はもう世界共通だ。 多くの中国の若者と同様、生活態度にはいい加減なところがあり、明日という日は、彼等にとっては先のことであって、大事なのは今日楽しむことだけ---------

ひょっとしたら、もっと違う見方が出来るかもしれない--------

「南柑北枳」(ところ変れば品変る)という古い言葉があるが、“老”日本人は、環境の適応能力に劣っており、彼等は中国へ来て、滞在期間が長くなっても、日本国内の文化を堅く守り、中国の環境や文化に同化されることはない。 だから我々には真面目で、型通り、融通が利かない日本文化のスポークスマンに映る。 しかし“老”日本人は、伝統的文明と西洋文明をうまく結びつけ、日本の経済の奇跡を生み出した。

“中”青年の日本人は、環境の適応能力はすばらしい。 彼等は伝統的日本文化を守る一方、いち早く中国文化も受け入れ、中国語も習得し、中国人の悪い処世哲学(一体何なのかは、みんなわかるはずだ)も学んでいる。 私たちから見ると、日本人の仕事振りと中国人の仕事のやり方に生活状況を心得た日本人だ。

“小”日本は、年が若いだけに新しい物事を受け入れる能力には優れている。 だが私達には、ちゃらんぽらんとしていて、中国の大多数の若い者と何も変らない日本青年に見える。。

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