512中国は見る(277)日本旅行⑫ 水戸偕楽園
民と共に楽しむ水戸偕楽園
与民齐乐的水户偕乐园2006-05-31
水戸は東京から100キロのところにある茨城県の県庁所在地。 茨城県の政治、経済、文化の中心地である。 昔から“城下町”として発展してきた街である。 水戸市内にある“偕楽園”は、当地の有名な観光スポットである。 金沢の兼六園と岡山の後楽園と共に“日本三大名園”と言われている。
“偕楽園”は江戸時代、水戸藩の藩主徳川斉昭が、1842年自ら設計して建てた日本式の庭園である。 面積は約13万㎡。 この名前は、中国の孟子の名言“古人以民偕楽為楽”(いにしえの人は民と偕〈とも〉に楽しむ)から採った。 従って“偕楽園”は、決して殿様一人の庭園ではなく、一般庶民、百姓にも開放された。 “偕楽園”の黒い“表門”から入って、一緒にこの素晴らしい庭園を観賞しましょう。
皆さんご承知の通り、日本の造園の考え方には独特のスタイルがあります。 禅を追求したり、静けさ、瑞兆を好み、自然を生かした現実主義的芸術の味わいがあります。“偕楽園”は、日本の伝統的庭園の代表作です。 その地形は高い所にあり、園内の“仙奕台”に立つと、遠く美しい“千波湖”(仙波沼)や密生している樹林が見渡せます。
“仙奕台”の左側には大きな竹林があり、名前を“孟宗竹林”といいます。 名前からわかるとおり、当時の造園者は孟子の崇拝者だったようです。(注:「孟宗竹」というのは,親孝行な息子(孟宗)が、年老いた母親が真冬に「タケノコを食べたい」というので,冬にタケノコがある筈もないと思いながら、山に出かけるとタケノコが生えていたという話《二十四孝》からだそうです)
この竹林は、偕楽園のほとんど西半分全部を占めています。 風が吹くと竹林がザワザワと鳴り、長い竹が揺り動きますが、普段は静寂そのもので全く別世界にいるような感じがします。
このほか園内の真ん中にある“好文亭”は、徳川斉昭が設計した偕楽園の中の最高傑作です。 この建物は、二層三階となっており、奥御殿に繫がっています。 遠くから見ると、好文亭は奥御殿から突きでたところにある建物に見えます。 好文亭は小さい建物ですが、どの角度から見ても設計者の心配りと建物全体に洒脱さが感じられます。
偕楽園の各所に、梅の木が沢山植えられています。 偕楽園は最初“梅園”と命名されました。 徳川斉昭が造園した時、梅の木を植えることが最大の目的でした。 園内には白難波、烈公梅、柳川、冬至梅、八重
寒紅など約110種類、3500株の梅が植えられています。 毎年2月頃、梅の花がほころび始め、花が一斉に咲き出すと、それは壮観です。 偕楽園に梅を見に出かけることも日本人の生活習慣になっています。
聞くところによると、梅林を作った本当の目的は梅の花を見るだけではなく、梅の実を取ることにあった。 徳川斉昭が、飢饉対策、攘夷対策のことを考え、梅入りおにぎりを作れるようにしたのだという。
偕楽園には、昔からよく文人墨客が訪れた。 明治時代の俳人正岡子規もかって好文亭の楽寿楼に登り、向かいの南山の満開の梅の花を見て、感動してうたいあげた梅の句がある。 現在“好文亭”のちょうど前の方に、この俳人を記念した“子規の句”碑がある。
初春は梅の花、夏にはいろんな花が咲き誇り、秋には紅葉で真っ赤に染まり、冬には雪景色で北国の感じを楽しめる。 偕楽園は、一年四季折々、いつ訪れてもいい場所だ。
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