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355 中国の三面記事を読む(74)  世界各国老人事情

世界各地老人趣闻

1.【日本】“痴呆”は老人を侮辱するものだ 新病名を募集

日本はすでに高齢化社会に突入している。 先頃発表された統計結果によると、5人中1名は65歳以上の老人で、しかも“痴呆症”にかかっている老人が多いという。 日本の厚生労働省は“痴呆”という言葉には侮辱的意味合いがあり、老人に対する尊敬といたわりが欠けているとし、ホームページなどで病名の6つの代替候補を提案し、一般から最適な呼び名について意見を求めた。

痴呆はボケやバカといった意味から使われたものだが患者本人やその家族にとってはつらいものである。 この言葉は人に不快感や軽蔑した感じを起こさせ、その病気の早期診断のためにならないばかりか、患者の痴呆症予防活動などにも支障がある。

厚生労働省が提案した6つの代替呼称案は、「認知症、認知障害、もの忘れ症、記憶症、記憶障害、アルツハイマー」

代替用語には、わかりやすく簡潔さが求められている。 ①人に不快感、侮辱感を与えない。 ②人の心を暗くさせない ③“痴呆”と同一の性質を有するものとする。

2004年11月19日、痴呆に代わる名称を検討していた厚生労働省の検討委員会は、一般市民や関係学会の意見を踏まえて論議した結果、新呼称を「認知症」とすることで大筋一致した。 2005年の通常国会で、「痴呆」の呼称を変更するという。

2.【オランダ】 老人病防止のため 乳しぼり

風車とチューリップに酪農で有名なオランダは出生率が年々下降し、老年人口が増え続けている。 現在、オランダの老人は、進んだ農業と美しい自然環境を結びつけて、沢山の新型の健康活動を開発している。 

現在、ますます増えたオランダ都市部の老人が、田舎の牧場で乳しぼりをするのが流行っている。 乳しぼりは一種の“手指の運動”にもなり、老人病防止に一定の効果があるといわれ、それに田舎の空気はすがすがしく静かな環境とのんびりした生活リズムは老人の心身にとてもいいものだ。 50過ぎから80歳台のこれら老人達は、指導を受けながら定期的に毎日最低一時間の乳しぼり作業を真剣にやっているということだ。

3.【イギリス】 60年前の初恋の人と80歳にして結ばれる

イギリスの80を過ぎた元恋人達が、60年経ってやもめ同士となり、幸せそうに教会に向かった。

82歳の新郎クーパー氏は退役軍人、89歳の新婦ナンシーさんは元宣教師。 60年前、ナンシーさんは港に許婚のオーバー氏を出迎えに行った。 しかしその日オーバー氏は船に乗っておらず、ナンシーさんは美青年だったクーパー氏に出会った。 ナンシーさんはたちまちこのスコットランドの兵士が好きになったが、結局ナンシーさんは許婚と結婚した。

二年ほど前、オーバー氏が亡くなった。 ナンシーさんはすぐクーパー氏のことを思い出し、あちこち聞いて回り、ついにクーパー氏を尋ね当てた。 クーパー氏も丁度妻を亡くしたところだった。 二人はしばらく交際した後、クーパー氏は彼より7つも年上の彼女のことが好きになり、求婚する。 ナンシーさんはもちろんOK、ほどなくこの老カップルはスコットランドで結婚式を挙げ、60年来の夢がついに実現された。

【追記】(日本) 

2006年7月24日 毎日新聞(夕刊)に86歳女性初恋の人に会いたい という記事が載っていたのでご紹介します。

No2_126 「恋したい」相談特別編 戦地から手紙をもらったまま 消息が分からなくなった初恋の彼に会いたい-------恋」欄の編集部に6月、86歳の女性からこんなお便りが届いた。 当欄で受け付けている相談の趣旨とは違うが、切々としたその文面に打たれ、一度だけ特別編で、消息を辿る取材に出た。 70年間、埋み火のように残る恋心の行方は。

No2_125 埼玉県蕨市の相沢たけさん。 尋ね人の手がかりは「森総平さん」という名前と、当時の森さん宅の大まかな住所。 それに、陸軍中尉として中国大陸に渡っていたこと。 他の手がかりはないか、相沢さんに電話を入れた。 懸命に記憶の糸をたぐる相沢さんから聞けたのは、16歳当時の淡い恋の思い出だった。

宮城県東松島市出身の相沢さんは、汐留めの親戚を頼って上京した。 2・26事件が起こり、軍靴の音が高まってはいたが、まだ静かな生活が続いていた。 そんなある日の夕方、家の外から英語の歌が聞こえてきた。 誰? そっと戸口を開けると、セーター姿で自転車に乗った青年。 初対面でいきなり「君、散歩に行かない?」と誘われた。 驚いていったんは隠れたが、好奇心から、結局「行きます」と返事をしていた。 青年が森さんだった。 その日から、毎晩のように2人で散歩した。 時に浜離宮や東京湾まで。 明るく博識な森さんの話を聞いていた。 夜が来るのが待ち遠しかった。 だが翌年、森さんは銀行に就職し、めったに会えなくなった。 相沢さんも実家に帰ることになったが、別れも告げられなかった。 やがて太平洋戦争が始まり、森さんは出征。 戦地からはがきが届いたが、返事は書けなかった。

 

手がかりは軍歴。 資料をたどって所属部隊が分かり、靖国神社を訪ねた。 目当ては戦友会の連絡先一覧。 「参謀部暗号班・隼会会長」に森さんの名前があった。 すぐ電話を入れ、長女に事情を説明した。 住所は横浜だった。

相沢さんに伝え、森さん宅を訪ねたのは7月15日。 玄関を開けると、カラフルなシャツに身を包んだ森さんの遺影が、相沢さんを出迎えた。 森さんは昨年10月、85歳で亡くなっていた。 相沢さんは「やっと会えました」と言い、手を合わせた。

離ればなれになった後、相沢さんは20歳で親の勧めで結婚した。 男児3人に恵まれ、夫は5年前に他界。 一方、森さんは終戦の翌年に結婚。 一男一女をもうけ、銀行や商社を経て、貿易会社を設立していた。

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