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370 中国は見る(186)  さようなら 小泉純一郎!

2006-08-16 14:16:29 主题∶别了、小泉纯一郎!

来源:中国青年报(北京) 网友评论188条进入论坛

8月15日、小泉首相はまたA級戦犯を祀る靖国神社に参拝した。

2006年8月15日、小泉純一郎首相は総裁選での約束を果たした。 第二次大戦の時、アジアで被害にあった国々、人民の感情を最も刺激するこの日に、靖国神社を参拝した。

小泉首相の無情な顔の内側で、「夢を実現」した後、一体何を考えているのか知る由もない。 また中国や韓国それに日本の一般民衆の反対の嵐の中、自分が勝利者になったとでも思っているのだろうか、それもわからない。 しかし、2001年に小泉が日本の首相になって以降、執拗に靖国神社を参拝したため、日中関係が次第に冷え込んでいったことを全世界の人々ははっきりと見ている。

小泉首相の5年間の執政史を振り返ってみると、2002年4月21日が重要な分水嶺だったことがわかる。 

この日以前、日中関係は見たところ、小泉首相の2001年8月13日靖国参拝の影響を脱し、明るい方向に向かおうとするかに見えた。 2001年10月8日午前、中国へ一日の日程で訪れた小泉純一郎首相は、北京西南の盧溝橋とその近くの中国人民抗日戦争紀念館を参観した。 小泉首相は発言の中で、あの侵略戦争で亡くなった中国人民に“心からお詫びと哀悼”の意を表明した。 当時の中国指導者・江沢民と朱鎔基はそれぞれ個別に小泉首相と会談した。 半月後の上海APEC会議で、両国の指導者はまた顔を合わせた。 

2002年4月12日、海南島鰲【ポアオ】のアジアフォーラムで朱鎔基は小泉首相と再会し、小泉首相に年内に中国を正式に訪問するよう招請した。 外交部の発表では、「小泉首相は快くこの招待を受け入れた」

この期間、中国指導者は何度も小泉首相に対し、中国は日中友好を守ると述べ、歴史にどう対応するかが日中関係の政治の基本であり、未来へ向かう出発点とし、「歴史を鑑とし、未来に向かおう」と強調していた。

江沢民は2001年、小泉首相との会談の際「日中関係の発展過程では、起伏が絶えず起こった」と語っていた。

関係のよい時は各方面との行き来は活発だった。 関係が難しくなった時は、往々にして教科書と靖国神社といった歴史問題が関係していた。 靖国神社にはA級戦犯が祀られており、日本の指導者がもし参拝したら重大問題となる。 中国のこうした態度について、小泉首相は当然承知していた筈だ。 しかし彼は明らかに靖国神社問題の重要性を軽く考えていた。

2001年4月21日、小泉首相は中国側からの訪中招請を受けた半月後、二度目の靖国神社参拝を行い、しかもメディアに対し「内閣総理大臣の肩書きで参拝した」と明言した。

“一度ならず、二度もやるとは”

中国は、鄧小平が「両国が代々友好を続けるように」と言ってるように、日中関係を重視していたが、決して無原則ではない。 事が原則的な是非問題に関わるものとなれば、中国は決してあいまいには出来ない。 小泉首相が内閣総理大臣の肩書きで参拝した当日、当時の外務省李肇星副部長が、中国駐在の阿南惟茂日本大使を呼んで日本に厳しく対応を迫った。 4月29日、江沢民は日本の公明党党首と会談した際、小泉首相の靖国神社参拝について厳しく批判した。

小泉首相の独断専行の結果、2002年訪中計画は中止となり、日中関係は一段と冷え込み、日中間のハイレベルの相互訪問も中断された。 それ以降、「政冷経熱」が、日中関係を形容する流行語となり、日中指導者も国際会議の席上で会談するだけとなった。 小泉首相は二方面作戦を取った。 一つは日中指導者の「第三国での会談」を積極的に推進しようとした。 もう一つは会談後また元の状態に戻り、更にひどくなった。 

2004年11月、胡錦濤主席は、サンチャゴで小泉首相と会見した時、日中関係を発展するためには、歴史問題を回避できないことを力説した。

ところが、2005年1月1日、小泉首相は四回目の靖国神社参拝を行った。 中国は繰り返し友好姿勢を見せたものの、まったく誠意ある回答がないため、日中関係はどんどん落ち込んでいった。 小泉首相の頑固さは、日中関係を冷え込ませたばかりか、ほかのアジア隣国ともますます疎遠にさせてしまった。

小泉首相の靖国神社参拝は、国際社会の批判を受けたばかりか、日本国内からも首相の靖国参拝に対し、反対の声が日増しに増えてきた。 2005年以降、日本で行った各種世論調査でも、首相の靖国神社参拝に反対する日本人はもう半数を超えるようになった。

批判に対して小泉首相は、「日本国内の批判は理解できないし、ましてや国外の非難は理解できない」 彼はすぐ参拝は「心の問題」と言う。 また中韓両国を、靖国神社問題という「一つの問題」で外交カードにしていると批判する。 この弁解には納得できない。 世界のまともな政治家だったら、暗黙の了解事項として、個人の感情を国家利益より優先させることはない。 小泉首相のやることなすことすべてこの原則に反している。 

中国が小泉首相の靖国神社参拝に反対するのは「歴史問題は政治の基本」という原則問題に基づくものであって、決して外交カード云々ではない。 中国の日中関係に対する態度は、2006年3月31日、胡錦濤主席が日中友好七団体代表と会見した時、はっきり述べている。

小泉純一郎首相は、首相就任前は「反中派」ではなかったし、靖国神社の熱心な参拝者でもなかった。 「票を取るため」参拝の旗を掲げ、それを守るため外交関係を犠牲にしてしまった。

8月15日のこの日、小泉首相は退任前に参拝の約束を果たした。

彼は偏屈なリーダーで、日本丸という船を引き連れ、乗組員達の意向など構わず、しゃにむにそばにいる「中国丸」にぶつかったようなものだ。 前方に広い海があるのも無視して。

小泉首相の任期は、もう終わろうとしている。 「さようなら、小泉純一郎先生」と言おう。

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