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339 中国は見る(169)  日本人の顔 【上】

日本人の顔(上)

2006-07-26 17:27:16 主題:看看日本人的面孔

本文网址:http://bbs6.news.163.com/zhongri/644666.html

洋服を着て、革靴を履き、顔には微笑を浮かべ、何度もお辞儀を繰り返し、礼儀正しく、社交辞令も上手、これが日本人に対する中国人の大方のイメージだ。 

かって駐日大使を務めた楊振亜先生が話されていたが、1972年当時、訪中した日本人は年間9000人ちょっとだった。 それが2005年の今日では、訪中する日本人は毎日平均1万人以上になっている。 

だから日本人は私達の身近にいる。 これら訪中し、中国人と一緒にいる日本人は、普通の人々から政治家まで、みんなの前で“お詫び”する人がかなりいるし、前の侵略戦争に深く反省を述べる人も少なくない。

しかし“集団”の中に入った時、私達に見えるのは、教科書で中国を侵略した歴史が重なっって見えてくる。 首相が率先して戦犯を祀っている靖国神社に参拝したり、一部の政治家が“あの戦争は侵略戦争ではない--------”と言ったり。

だから多くの人は、このような疑問を抱く。“同じ日本人なのに、なんでこんなに対照的な顔をしてるんだろう? この二つの対照的な顔、一体、どっちが本当なのだろう?”

私は昔、日本で10年ほど暮らしたことがある。 大学で教師をしていた。 私は日本人の顔は前述の顔より、もっと複雑ではないかと思っている。 1991年、私は富山大学に留学した。 高松さんという日本人と知り合った。 高松さんは小さなメッキ工場の経営者だった。 彼は、中国の留学生が経済的に困っていることを知り、“中国留学生激励会”を作り、毎年一回、富山大学に留学している中国の学生を無料で日本各地の観光旅行に招待してくれた。 1996年には、私が中国には大学に入っても経済的に困っている学生がいるという話を聞くと、すぐに支援計画を立て、毎年150万円を清華大学、浙江大学、東北師範大学に贈り困窮学生の支援を行った。 70歳を越している高松老人のこの活動は、決して中国に名誉など求めるものではない。 彼は、自分がなぜこうするかは、中国が強くなって欲しいことと、日中友好のためだと述べていた。 黄色人種の中で将来、アジアを代表し欧米と対抗できるのは中国だけだ。

富山大学に入った頃、留学生は少なかった。 わずか8、9人位だった。

その後百人にもなり、一回の旅行で2台の大型バスが必要となり、それにホテル・食事なども含めると大変な額になる。 しかしこの活動を彼は19年間やり続けた。 困窮学生の支援活動も9年ほど頑張った。

言うまでもなく、学歴もなくただ中国を愛する高松老人は日本人の一面を代表する顔である。

私は京都大学の博士に合格し、富山から京都に引越しすることになった。 事前に日本の友達が私に住所を連絡してくれた。 しかし車が家の前に着いた時、家主は引越しして来たのが中国人だとわかると、貸さないと言い出した。 その時、私は家の外で屈辱感で一杯だった。 次の年、私の住んでいた京都北区若草荘の大家さんは、正月の時、多くの留学生を招待し、“お餅”を作ってくれたり、ビール、お菓子を沢山用意しご馳走してくれた。 話の合間に私が京都に始めてきた時、入居を断られたことなどを、ビールで赤い顔をしながら、あんな奴は心が狭い、将来の新時代が見えないんだと話した。 私にとっては、前に冷たく拒絶した家主の顔も、この若草荘のビールを飲んで赤くなった顔も、同じ日本人の顔だった。

日本人は複雑

べネディクトが1946年出版した「菊と刀」の中で、優雅でありながら武を重んじ、礼を尊びながら闘争を好み、開放的でありながら頑固であり、服従しながら従順でない、といった矛盾性を詳しく述べている。 日本の社会は、まったく複雑で内部は矛盾で一杯だ。 例を挙げると、

小泉首相が我を張って靖国神社に参拝したことが、今日の日中関係緊張の原因になっている。 歴史的には、中曽根康弘が日本の首相として靖国神社を参拝した最初の首相だ。 この元首相が、2005年4月19日《読売新聞》に、小泉首相には中長期的戦略の観点がないと批判した。 彼は、日本が降伏した時、中国政府は日本の軍人、一般人に対し、保護し送還してくれた。 これは数万の日本軍捕虜がソ連のシベリアで死んでいったことと対照的なことだ。 東アジア諸国の文化や発展状況が

欧米並みとはいかないが、少なくとも自由貿易協定の枠組みの中で、東アジアの経済機構を作り上げ、両国の政治家、知識人、産業界の対話をすべきだ。 彼は日中友好を主張している。 日本の政界には、石原慎太郎のように根っからの中国反対論者もいるが、中国と隣国として友好関係を結ぶべきとの声もある。

2005年3月末、私達は85歳の加藤周一を招待し、北京で2回講演をお願いした。 日本では加藤周一氏は“象徴的存在”である。 加藤周一氏は50年代に“雑種論文化”を主張した。 外国の先進文化を吸収し、日本を改造し、日本の社会を発展させることを力説している。 彼が主張する平和、戦争反対の観点は、彼の学術全般にわたり一生貫かれている。 1990年代以降、日本の政界と社会には憲法改正の叫び声が、日に日に高まってきた。 日本の平和憲法を守るため、加藤周一や大江健三郎達は“九条の会”を作った。

この九人の平均年齢76歳の老人達で作った護憲組織は、今日では発展して2万人もの賛同者を有し、日本の社会で平和憲法を守る有力な力となっている。 また称賛すべきは、社会の雰囲気がどんなに悪くなろうと、彼は自分の観点を堂々と発表することだ。 彼は、魯迅の詩“横眉冷対千夫指、俯首甘為孺子牛”(眉を横たえて冷ややかに対す千夫の指、首を俯して甘んじて為る孺子の牛)【どんなに非難されようとも進んで人民大衆のために尽くす】に託して、その志を述べている。

加藤周一が北京にいる間、私はずっと彼に付き添い、彼のこの毅然とした態度に感服させられた。 私の前では、彼は日本の知識階級の良識と希望の代表の顔である。 

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