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272 中国は見る(140)  日中間の誤解について 【下】

交流会の現場で:日本人と中国人の対話 (下)

 

2006-05-06 17:07:49 主题:中日交流会现场、日本人与中国人的对话

本文网址:http://bbs6.news.163.com/board/rep.jsp?b=zhongri&i=490073

 

石井(天津で生まれる。 父親は中国人、母親は日本人)

 

私は生活の中で両国が使う漢字からくる誤解の問題を話したいと思います。 例えば、日本人が“手紙を書く”という場合、中国語では“信”ですが、日本語では“手紙”となります。 中国人はこれを見て“トイレットペーパー”と誤解します。 ほかにも“姑”(おばさん)“舅”(おじさん)“娘”(お母さん)という言葉は、日本語ではそれぞれ“姑(しゅうとめ)”“舅(しゅうと)”“娘(むすめ)”の意味になります。 中国語の意味とはまったく違います。 ある中国の留学生が日本へ来たばかりの頃、“男湯”“女湯”を見て訳がわからなかったそうです。 なんで“湯”に性別があるんだろうって? 実際は、日本の“湯”は“お風呂”のことなんですから。

 

山下

 

実際は意味が違う言葉もその意味がわかれば解決するんですが、ちょっと厄介なのが、ある言葉の中には日本語と中国語で意味は似通っているのに、うっかり使うと問題が起きてしまうことです。 例えば、“視察”という言葉、日本語の中での意味は中国の“考察”に相当するものです。

ある時、中国から電力視察団が来日しました。 日本側が歓迎に当たって出した「立て札」に“中国電力視察団”と書いてありました。 中国の人は大変恐縮してしまい、“私達は指導者ではないし、地方視察の仕事でもないので、この文字はちょっと不適当かと-------”と言ったそうです。 こういうことは意味が似ている言葉から起きた誤解です。

 

原因の3:日本の学生は中国を正確に知る機会が少ない

 

小松(神奈川県の中学・地理教師。 中国旅行2回)

 

本日、私達の討論のテーマは日中間の誤解についてです。 私の個人的な考えですが、日本の若い人は中国を誤解しているというより、誤解の前に、まず中国のことがわかっていないといった方がいいと思います。

でも私達もただ学生をよくないと責めるわけにもいきません。 その前に日本の教育制度の問題点を見るべきでしょう。 一方、日本の一部の歴史を反省せず、中国を嫌う政治家が若い学生達から人気を得ています。 例えば、小泉首相や東京都知事石原慎太郎。 

 

私は小泉首相が靖国神社参拝をあくまで貫くつもりなら、堂々と中国へ行って靖国神社問題について中国人にはっきり説明したらいいと思います。 小泉さんたちの行為によって、中国人の反発と批判が起こり、それがまた日本の学生達に“中国人は歴史問題ばっかり突っつく”と悪い印象をもたらしています。 また一方で、新聞を開いたり、テレビをつけると、中国人の悪い面の報道ばかりです。 これでは悪い印象だけが残ってしまいます。 

 

日本の学生達には、中国のことを勉強、理解する機会がない上に、周りの環境から得る情報はこれまた一方的なものですから、中国に対する印象が悪くなるのも仕方ないかもしれません。 ですから私は普段の仕事を通じて、出来る限り学生達に中国を理解する機会を作るようにしています。

 

史寅(中国人。 日本在住10年余り、現在日本の会社に勤務)

 

小松先生のご意見に賛成です。 日本にしろ中国にしろ、若い人が相手国を理解してないということは事実だと思います。 それとお互いに信頼を持っていないことも誤解を生む原因の一つだと思います。 私が中国へ戻った時、友達の多くが日本に対し間違った理解をしていると感じたことがあります。 例えば、中国人は日本人の“男女混浴”が理解できません。 私は、それは日本の習慣に過ぎず、文化の一部分で、まったく“下品”な意味はないと説明したら、納得してくれました。 ただ、私はやはり両国がお互いを信頼することが、ちょっと不足していると思います。 その原因については、なかなか説明が難しいのですが。

 

日本の国民的性格

 

高山(医師)

 

人質と家族を批判したのは、もちろん全部の日本人ではありませんが、私個人としてはこの批判には同調しません。 私はこの現象は、日本の“集団的ヒステリー症”の一種だと思います。 いわゆる“集団的ヒステリー症”とは、“右向け”と言われたら、みんなが右を向き、“左向け”と言われたら、みんな左を向くようなものです。 日本人にはこの特性があります。

 

宮崎(農業作家。 日中農業交流に貢献)

 

弱者を助けるのがボランティアの仕事です。 多くの国では金持ちや健康な人が、貧乏人や弱者を助けることが価値観として定着しています。 要するに、人と人との付き合いの根本は人性から出発するということです。 日本では、この付き合いもみんなの意見を聞き、その上で集団としてその意見に基づいて行動します。 こういう点から言うと、この国の性格はちょっと恐いところがあります。 日中関係に置き換えてみますと、両国間の誤解をなくすことです。 それには人性の原点から出発し、人と人の付き合いを重視することだと思います。

 

 

 

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