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222 中国の三面記事を読む(11) 京都・奈良を空襲から守った中国人・梁思成 ③ もう一つの物語

梁思成“じゅうたん爆撃”から奈良を救う

2006-03-30 20:12:33 粱思成力保奈良免予地毯式轰炸日本人感激

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梁啓超の長男・梁思成は世界にも名の通った優れた建築家である。 60年前、反ファシスト戦争勝利を目前にした時、彼も日本の侵略行為で身を切られる思いをした中国人であるが、東洋の古代建築という人類文化の至宝を焼滅させてはならないと敢然と立ち上がり、アメリカ軍が京都、奈良などの古都を爆撃するのを阻止した。

《当代作家》双月刊第3期に陳宇、王帆がノンフィクション文学作品としてこのよく知られた話を紹介している。

北平(北京)陥落後、梁思成と林徽因夫婦は、いわゆる“東亜共栄協会”の勧誘から逃れるため、天津、青島、武漢を転々とし、四川南渓県李庄の誰も住んでない尼寺にやっと落ち着いた。 

ある日梁思成は思いがけない電報を受け取った。 それは妻・林徽因の飛行兵だった弟が、日本との空中戦で亡くなったため親族へ葬儀を知らせる通知だった。 梁思成は病気で床についている妻が、ショックに耐えられないと思い、重慶に用事ができたと偽り、重慶経由で成都に行った。

その当時の重慶は、日本軍からの爆撃をしょっちゅう受けており、梁思成は目の前の惨状に呆然とした。 至る所鮮血と死体、人々は焼け跡の瓦礫の中を逃げ惑っていた。 爆撃で死んだ赤ん坊を抱きながら大声で泣き叫んでいる女の人もいた---------彼は日本の爆撃機を指差し、憤然と叫んだ。 “こんな非道なことをしていたら今に自滅する。 いつか日本も同じ目に遭うぞ!”

果たして、戦局は急展開した。

アメリカ軍は最終勝利を目指し“じゅうたん爆撃”で鳴らしたルメイ将軍を太平洋戦線に送り込み、日本を集中的に攻撃した。 1945年8月まで日本の119の都市が爆撃された。 喜んだのは束の間で、梁思成は憂鬱になった。 世界の建築史に長年かかわってきた彼には、日本の奈良、京都には沢山の古代の建築の秘宝があることを知っている。

そのうちの奈良の唐招提寺は、鑑真和尚が指導し設計したもので、中国唐代の木造建築物としてはめったにない実物なのだ。 爆撃されてしまったらとんでもないことになる。

梁思成はまた重慶に向かった。 アメリカ軍総司令部は重慶の上清寺にあった。 梁思成がブロンソン大佐の事務室を訪ねた時、大佐は留守だった。 彼は暫く椅子に坐っていた。 ふと雑然とした部屋の中に顔のない石膏像が立っているのが目に入った。 よく見るとガラスケースの一番上にも石膏像が置いてあった。 こちらは五体ちゃんとしており欠けた部分はない。 それに出土した時にできた色も残っていた。 ケースには鍵が掛かっており、明らかに大事にしていることがわかる。 梁思成は暫く詳しく見ていたが、顔のない石膏の方を指さして、“ケースの中の像は完全だけど、芸術的価値ではこっちの像には及ばない。 入れ替えた方がいいな”

大佐は副官の口から梁思成の評価を知り、彼を呼んでその理由を訊ねた。

梁思成は臆することなく堂々と、“古いギリシャの彫塑家は、総体美を重要視しました。 この女神の身体の各部分は完全に人体の構造と同じで、しかも生命の息吹を感じます。 その服の下からは肌の動き、血管の脈動さえ感じます。 全体から見ると顔はなくともすばらしいものです。 こちらの像は、全体は揃っており一般的には立派です。 でも力の表現がありません。 これは芸術の場合一番いけないことです!”

梁思成のこの話に、ブロンソン大佐は立ち上がり感激して言った。

“梁先生は中国と西洋の学問に通じていらっしゃる。 さすが建築芸術の大家ですな”  ここぞとばかりに梁思成は持ってきた地図を開けると、“ここが奈良、ここが京都、ここには大切な建築物があります。 なんとしても爆撃は避けてください-----------”   そしてまた別の地図に換えると指で示しながら、“ここと、そこも-----------”

ブロンソンは彼の話を遮り、両手を広げながら困ったように言った。

“これでは爆弾を落とせなくなってしまう! あなたは学者だから感情でものをおっしゃるが、これでは戦機を失ってしまいます!”

“もし私個人の感情からいうなら、わが国の人々の苦しみを思えば、日本をなんとしても爆撃したいです” 梁思成の顔は苦しみでひきつっていた。 “でも一種の職業意識と歴史的責任感でしょう、私を冷静にさせました。 建築は「社会の縮図」であり「民族の象徴」なのです。 それは決して一民族のものではなく全人類の宝です。 例えば奈良の唐招提寺は、全世界で最も早くできた木造建築です。 一旦、爆撃してしまったら取り返しがつきません”

ブロンソンは黙って聞いていた。 そしてタバコを深く吸った。 彼は二つの石膏を見比べ、また机に広げられた地図を見ながら、ついに口を開いた。 “梁先生、ごもっともなご意見だと思います。 しかし今、太平洋戦争の大事な時です。 あなたのご提案を将軍に申しあげて見ましょう” 梁思成は喜んで前へ進むと、あわてて口をどもらせながら、“この件は一刻も猶予できません。 ど、どうか--------ぜひとも  ---------” ブロンソンはちょっとからかうように言った。 “そんなに急いでいらっしゃるが、もし、私に会えなかったら?” “ルーズベルトに会いに行きます” 梁思成は笑って言った。

梁思成の提案はすぐ将軍のもとに報告された。 将軍は長い時間を掛けて梁思成の報告と地図を詳しく調べた。 ほかの人からも同様の提案があったが、いずれも梁思成の報告のようには、彼を感動させ納得させなかった。 将軍は梁の提案を採用した。 空軍には即座に指示が通達

された。

大爆撃の中、幸いにも難を逃れた奈良は、多くの古代建築を無事保存することができ、国際文化観光都市を宣言した。 奈良が命名30周年の記念日に、《朝日新聞》は、“日本の古都の恩人梁思成氏”という特集を載せた。

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