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250 中国の三面記事を読む(29)  尤敏(ユウ・ミン)  

今週の週刊新潮(5月4・11日ゴールデンウイーク特大号)で、宝田明が共演女優についていろいろ述べているが、その中に香港女優「尤敏」(ユー・ミン)のことが出てました。 私の若き日のアイドル、今は亡き「尤敏」を追悼し、その生涯を追って見ました。

尤敏 (ユー・ミン)Photo

生年月日:1936年 8月19日Youmin

没年月日:1996年12月29日

本 籍:広東

出生地:香港

映画受賞歴

第7回アジア映画祭最優秀主演女優賞《1960年》

第1回台湾映画金馬賞最優秀女優賞 《1962年

尤敏の本籍は広東花県、本名は畢玉儀、1936年8月19日、香港で生まれ、マカオの聖心中学で学ぶ。 彼女の父親は当時有名な劇の名優白玉堂。 尤敏は幼いときから父親に徹底して芸を教えられ、9歳のときには父親と一緒に劇《黄飛虎伝》の舞台に立つ。 これがその後の銀幕の基礎となる。 尤敏の演技の才能は外部の人の目にも留まり、16歳の時、邵氏影業公司に招かれ、1952年《玉女懐春》を撮る。

しかし、残念なことに事情があって、この映画は公開されなかった。

その後、この映画から“玉女”(美しい女性)と縁ができ、玉女役の映画を主演したばかりか、何でも玉女という称号をつけられ、香港中国映画唯一のアイドルスターとなり、映画界に“玉女”伝説を残した。 玉女というように、もちろん外観も清楚で清純、明るくさわやか、正に天性の麗質が、尤敏の美貌スターへの道を歩ませた。 一作目は未公開だったが、間もなく《明天》に出演、この映画が尤敏の公開第一作の映画となった。 尤敏が邵氏で働いた時間はそう短くはない、7年ほどの間に、彼女が出演した映画は20数本、二番目の会社は僑光電影公司、しかし、そこはわずかに立ち寄っただけで、1958年7月、国際電影懋業有限公司(略称電懋)に入る。 電懋に入ってから、尤敏の俳優活動はめざましく花開き、ここで自分の理想の落ち着き場所を見つけたといえる。 電懋の数年間、尤敏は全部で15本の映画を撮った。 その作品は優れたものが多い。 1959年、電懋に入って2年目、彼女は2部の力作《玉女私情》と《家有喜事》に出演した。 

《玉女私情》の中での、彼女と王引の演技はなかなかのもので、この映画は第6回アジア映画祭で大変好評を得、多くの賞にノミネートされ、尤敏は最優秀主演女優賞に輝き、このほか優秀編集賞も獲得した。

尤敏が同年主演した《家有喜事》の監督は、香港の著名な王晶監督の父親王天林で、シナリオは汪榴照。 監督の抜群の腕により、尤敏はまたしても驚くべき演技を披露し、第7回アジア映画祭でまた最優秀女優賞を取り、王天林と汪榴照もそれぞれ監督賞と脚本賞を獲得した。 尤敏はこれによって、林黛の後を継いでアジア映画祭で連続2回最優秀女優賞を獲った中国人女優となった。 

1961年、尤敏は易文監督の《星星、月亮、太陽》に出演した。 映画の筋は徐堅白青年をめぐる三人の女性との恩愛・憎悪・運命で展開する話。 尤敏が映画で扮した阿蘭は、徐堅白の心の中の一番目の女性。 二人は幼馴染。 しかし家柄が違うため引き裂かれる。 何年か経って偶然出会ってまた昔の愛が甦る。 だが運命のいたずらで二人は別れる。

尤敏は出色の演技で相手役の男優を凌駕したばかりか、観衆をも引き付けた。 1961年の第1回台湾映画金馬賞で、《星星、月亮、太陽》は、最優秀作品賞、脚色賞、撮影賞を獲得した上、尤敏はその優れた演技で金馬最優秀女優賞を受賞した。

1959年と1960年、連続して2回アジア映画祭の主演女優賞となり、またアジア映画人からも認められ、これ以降中国語圏映画でも多くの賞を取った。

国際映画に進む中国俳優の中で、尤敏は最初の成功者だった。 1961年に出演した《香港の夜》が日本で封切られた時、この作品は大ヒットとなった。 この映画で数多くの日本人が尤敏ファンになった。

この後、彼女は電懋と東宝との合作映画《香港の星》(1963年)、《社長洋行記》(1963年)、《香港、東京、ハワイ》(1963年)などで

その容姿を披露し、一躍人気の国際スターになった。

しかし女優としてトップにいたにもかかわらず、尤敏は突然引退を表明する。 1964年、結婚し良妻賢母の家庭生活に入る。 彼女は三人の子供をもうけ、幸せに暮らしていた。

1996年12月29日、満60歳の尤敏は、心臓病のためこの世を去った。 この玉女《美人》の逝去の報は、彼女を愛した多くのファンに数々の思い出を甦らせた。

出演作品一覧:

宝蓮灯《1977年》

珍珠《1965年》------鮫奴

宝蓮灯《1964年》------劉彦昌

梁山伯与祝英台《1964年》------祝英台

香港之星《1963年》

儿女《1963年》------王景慧

星星月亮太陽《1961年》------

待嫁春心《1950年》

桃花《196年》------金小桃

家有喜事《195年》------杜蕙芳

玉女私情《1959年》

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