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201 中国は見る(104)  甦った武士道 (中)

よみがえった武士道 (中)

2006-03-04 23:45:02 主题: 警惕! 死灰复燃的武士道

本文网址:http://bbs6.news.163.com/board/rep.jsp?b=zhongri&i=400798

2.武士道の象徴

武士道精神を最も表すものとして三つのものがある。 サクラ、刀、切腹。 新渡戸稲造は言う。 “武士道を象徴するものはサクラである” 我国固有の産物である。 また、“武士の魂----刀”について、“刀は武士道の象徴で、その力と武勇を表している” サクラと刀、一方は美しさと気品があり優雅であるが、もう一方は、氷の如き刀身、殺気がただよう! しかし武士の目から見るとこの二つは非常に調和が取れている。 特に“これらが日本固有の産物”であることが日本人にとっては大事なのだ。 本当の“日本固有の産物”は少ないからだ。 

武士道精神の日本人は、刀で人を殺したり、腹を切ったりする一方、酒を飲んだり歌を詠み花を愛で女を愛していた。 武士道はこういった変態行為を崇高な精神の境地と見ている。

切腹は武士道精神の独特な表現である。 切腹を日本人は名誉とし、幅広く称賛を得ている。 武士道精神で薫陶を受けた日本人は表面的には礼儀正しく謙虚に見えるが、その内心は狂気じみ傲慢で、行動は極めて残忍であり下品この上ない。

武士道の象徴は日本人の思考から解釈すると、サクラは美しさと団結、刀は勇気と力、切腹は克己と名誉となる。 しかし事実上、サクラは美しさと団結以外に、もろさと短さを象徴しているし、刀は勇気と力のほかに、血なまぐさと残忍さを表している。 そして切腹は、全世界の人の目から野蛮と愚かさとしか見えない。

 

3.武士道の影響

武士道はその千年近い歴史の中で、日本民族独特の精神のよりどころとなり、日本の社会に大きな影響を与えた。 新渡戸稲造が言うように武士道精神は日本の道徳の不死鳥なのだ。

歴史上武士道はいくたびか変遷を繰り返した。 しかし、日本の民族の精神上の武士道は途絶えることなく再生し、常に日本を導き前進させた。

アメリカは自身の利益から、戦後の天皇制度を残し、最大の戦犯である天皇の懲罰を見逃してしまった。 これこそ日本民族の精神のよりどころ武士道を残し“不死鳥”として復活させることとなった。 天皇は武士道の最高の精神的指導者である。 天皇の存在により武士道を消滅することは出来なかった。 武士道精神の不滅は、日本軍国主義をまた盛り返させることになった。

日中両国政府間の最近の緊張関係は、小泉首相が靖国神社参拝を続けていることから起こった。 小泉首相は中国政府や他のアジア隣国政府の抗議を無視し靖国神社参拝を強行した。 日本政府は第二次世界大戦で日本が犯した戦争犯罪を公然と否定するようになった。 

靖国神社は日本の国家神道の廟であり、そこに祀られているのは武士道精神である。 戦犯の位牌は、武士道精神の典型的代表である。 日本の首相が靖国神社を参拝するその実体は武士道参拝であって、武士道を呼び戻すことであることは誰の目にも明らかである。

中国など日本の侵略を受けたアジア各国は、日本軍国主義が復活したら座視はしない。 しかし、ただ口で抗議しても武士道精神の日本人には何の効き目もない。 中国政府はもっと強い措置を取り、この新たな国際局面に対する必要がありそうだ。

共同通信ネットによれば、中国の王毅駐日大使が最近、“日本はA級戦犯の極東国際軍事裁判の判決を受け入れ国際社会に復帰したのに、現在その判決を否定する言論が出ている” と述べている。

靖国神社問題は内政問題ではなく外交問題だ。 日本は国際的な約束を再認識する必要がある。 日中国交回復の際、日本は侵略の歴史を認めたからこそ、中国は日本に賠償請求をしない決定をしたのだ。 日本の首相がA級戦犯を祀る神社に参拝することは、中国との約束を破ることになる。 小泉首相の靖国神社参拝は決して、簡単な一個人の信仰の行為ではない。 日本人を代表し、特に武士道の伝統精神を持つ政治家、精鋭たちの内なる声を代弁しているのだ。 彼等は内心では、日本の負けを認めてはいない。 特に中国に負けたなんてことは認めたくないし、アメリカにも負けを認めたくない。(もしアメリカが原爆を使わなかったら-----------

こういった日本人は、日清戦争で中国に勝ったことや、日露戦争でロシアに勝った頃の歓喜の思い出の中に浸っているのだ。 また、山本五十六の大作戦-----真珠湾奇襲を思い出し、あともう一歩で大東亜共栄圏の国際新秩序が出来るところだったと残念がっている------、これらの人々は武士道の徳目の中の“大和魂”にのめりこんでいる。 これはかって彼等に一時の快楽を与えた。 

武士道この大和魂の“不死鳥”はまた再び復活したと言ってもいい。 いや実際は、今までも本当に死んだことなどないのだ! 武士道精神は戦後の灰の中から、その時すでに芽を出していたのだ。 経済大国としてまた軍事大国となった今日、日本は政治大国の地位を狙い始めた。 しかも、日本が行く道は平和の道ではなく伝統の武士道の方法を取ろうとしている。 敗戦の歴史を覆すというこの途方もない幻想のための第一歩だ。 勝利にしろ切腹にしろ武士道のその邪悪な精神が、日本をまた戦争の道へと導いて行こうとしている!

善良な人々よ警戒しなさい!

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