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220 中国の三面記事を読む(10) 京都・奈良を空襲から守った中国人・梁思成 ②

梁思成の一言が日本の二つの古都を救う《下》

2006-03-20 21:15:01 主题∶粱思成一语救下日本两古城!

本文网址://http://bbs6.news.163.com/board/rep.jsp?b=zhongri&i=419666

長い年月が過ぎた。 事実を知っている梁先生は、ほとんど口をつぐんだままで、誰もアメリカ軍の日本空襲と中国のあの蒸し暑い夏、上清寺の中の忙しさを結びつける者はいなかった。

あの先生に従って、初めて大都市に行きそれなのに山城(重慶)の美しい姿を見る機会もなかった羅哲文も、あの小さな部屋で汗を流しながら描いたその当時の記憶も次第に薄れてしまった。 と言うのも要するに、彼は先生の後について回る時間が長く、先生の補助的仕事ばかりで、この件やほかの多くのことも含め、当時は何も特殊なこととは見ていなかったのだ。

しかしあの時から42年たった1986年に、羅哲文は招待されて日本を訪問した。 奈良で開かれた“都市建設に際し、歴史的文化遺産をどう保護するか”の国際学術研究学会で、彼は奈良の考古研究所の研究員菅谷先生と出会った。 菅谷先生は、羅哲文が若い頃梁思成に学んでおり、しかも1944年前後、梁先生と一緒だったということで彼にある事を熱っぽく語った。 菅谷が話したことは、第二次世界大戦後期アメリカ軍が日本に爆撃を加えて、東京、大阪などの都市は猛烈な爆撃を受けていたが、古い建造物が沢山ある京都、奈良だけは難を免れた。 その原因については諸説紛々言われていた。 菅谷は羅哲文に、このことについてはアメリカ軍の中にいる学者の提案だと言う人もいましたが、私は以前日本に来た北京大学考古学主任宿白先生から打ち明けられたことがあるんです。 そのお話によると、このことは梁思成先生と関係があるというのです。 というのは、1947年梁先生が北京大学で講義を行った時、歴史的文物は人類共通の文化遺産だと話された時、抗戦中のことに触れられ、日本の古都を守るため梁先生がアメリカ軍に京都、奈良を爆撃しないよう提案したことを例に挙げた。 これは宿先生が自分の耳で聞かれたということです。

梁思成は日本で生まれ、また日本で長いこと暮らしており、古都京都、奈良についても詳しく知っていて、そこの文化遺産に特別深い思いを抱いていた。 それに彼が一貫して主張していたことは、古い建造物と文化財は人類の共通の財産であり、人類は共通して保護する責任があるというものでした。 ですから彼の提案は当然なことであり、彼の性格と理念に符合するものです。

菅谷先生のこの問いかけにより、あの重慶で図面を描いていた時のことが羅哲文の記憶の中に甦った。 当時描いた図面は文化財の旧跡に関するものであり、また京都、奈良などにも関わっており、これで真相がはっきりした。 1944年の夏、彼等師弟が重慶の上清寺で忙しくしていたことと、日本の京都と奈良が爆撃を免れたこととは、正に密接な関係があった。

42年後、ついに真相が明らかになった。 梁思成先生が国境を超え、人類共通の文化遺産を守った功績は歴史の記録に残されることになった。 日本全国の人々は京都、奈良の大量の国宝が保護された真実の理由を知り、梁先生を“古都の恩人”と称賛した。 と同時に、この世界的意義のある仕事に携わった羅哲文も京都と奈良の人から感謝された。

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