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187 中国は見る(90)   日本の武士道について

武士道と騎士道と日中関係

2006-02-11 18:08:49 :漫——从武士与士到中日

本文网址:http://bbs6.news.163.com/board/rep.jsp?b=zhongri&i=383406 

世界の歴史の中で、三つの特殊な集団が見られる。 中国の士大夫、日本の武士(侍)、欧州の騎士(ナイト)。 後者は武勇を重要視した集団で、それぞれ社会的に影響を与えた。 日本の武士道と欧州の騎士道、この二つの文化には独自の根源がある。 武士道は中国古代の“士”の精神(勇敢、忠誠、死を恐れず、礼儀を重んじ、大義をわきまえる)に基づいている。 もう一方の欧州の騎士道精神は、ゲルマン人の伝統である勇敢と忠誠心からきている。 キリスト教の影響も強く、弱者の保護、婦人に対する崇拝と献身が強調されてもいる。 

キリスト教の神への奉仕から、武勇について一定の制約を受けた騎士は、武勇は単なる手段に過ぎず、最終の目的は正義とされた。(時には、必ずしもそうではなかったが)

武勇から人間性が失われた武士は、往々にして人間性喪失の殺人者となった。

騎士の剣と楯は両方バランスよく使われた。 剣は神のために戦う象徴とされた。 楯は弱さを守る象徴とされた。 闘いについては、攻めと防御、勇敢に戦いつつ自分の命は大切にされた。

武士の刀は、早さと力を追求するため、楯は持たないほか、鎧兜もまとうことは少なかった。 命知らずが言う言葉“殺すか、殺されるか”だ。

騎士と武士は極端に武勇を尊ぶ集団で、欧州の騎士時代と日本の戦国時代、騎士と騎士、武士と武士の間の私闘は数知れないほどあった。 その目的はそれぞれであるが、騎士の多くは名誉のための決闘を行った。 負けた一方が自分の負けを認め勝者へ謝れば、勝者は相手を殺すことはしなかった。 しかし、武士の間で同様なことで決闘が行われた場合、多くは一方の死で終わった。 これは武士の決闘の際、鎧兜を装着してないこともあるが、たとえ負けた側が死ななくても、たいていの場合、首を斬られるか、または切腹させられた。 このような残忍な結末には、日本人の性格と極めて大きな関係がある。 日本人は切腹を「謝罪」の申し開きと言っているが、実際はこの自殺は負けた恥辱を逃れるためであり、負けを認め謝罪するなんてことでは決してない。

武士道は、実際にはこのように非常に残虐な精神のものであり、武士と騎士は武勇を重んじるとは言うものの、武士が重んじる武勇は制約がないものである。 中国の“士”の精神(忠、勇、仁、義)を受け継いだ時、最も重要な“仁”を抜かしてしまったのだ。 だから、武士の“尚武精神”には制約がなく、人間性がないのだ。 武勇のみが最終目的とされ、“士”の精神から逸脱し、残忍で冷血、ひねくれたものとなった。

事実、この武士魂が大和民族(日本)全体の性格となり、この制約なき暴力が日本の中で変えられることなく(もう数百年も)続いてきた。 これは外部からの力で屈服させるしかなかった。 それもすべて武士道の最終目的が暴力だからだ。 だから自分自身より強い力を持ったものが現れた時、日本人は恐れ入ってしまうのだ。 強い者を尊敬するから、自分より強い者にぶつかった時は、大和民族(日本)は、神を敬うように対応する。 “菊と刀”の中で書かれている日本人の性格は、このような矛盾をついている。

私達は日本のそばで長いこと隣同士でいるが、アメリカが数十年にわたって日本人をよく理解しているようにはわかっていない。 アメリカが日本人から尊敬されているのは、極めて簡単なことである。 日本より強い力を持ち続けているからだ。 だから、日本人の心の中の神となっていられるのだ。 

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