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185 中国は見る(88)  日本から見た中国 (上)

日本人の目に映った中国人の欠点 (上)

2006-02-15 10:48:46 :日本人眼中的中国人缺点

本文网址:http://bbs6.news.163.com/board/rep.jsp?b=zhongri&i=386408 

《中国人の知恵》は日本で出版されている“世界各国の人々の生活の知恵”シリーズの一冊で、作者は松本一男。 私はこの《中国人の知恵》を読んだあと、外国人の角度から見た中国人がわかったし、中国人自身気付かないことも理解できた。 そこで同書の一部を訳出し、日本人がどういう風に中国人を見ているか、皆さんに見ていただきたい。

ある国家の国民性とか民族の性格は、国家の自然環境や長い歴史によって決められるといえる。 地図を開けばわかるように中国は東は海に面し、西、南、北の三方は他の国と境を接している。 その陸地の一万キロあまりの国境線は人為的に決められたものだ。 だから簡単に領土を侵犯することが出来る。 国境の侵犯といわずとも、中国は全国土を他の民族に侵略された歴史を持っている。 五胡十六国、元、清などがその例である。 これは四面を海によって保護され、歴史的には一回だけ外国軍隊に占領された歴史(第二次大戦後、日本はアメリカに占領された)だけの日本人には想像できないものだ。 いろいろ複雑な歴史に遭遇した中国人にとっては、自然と独特な知恵を身につけた。

中国人にとっては、以下の性格が突出している。

 戦争を嫌う。 中国人は何度も侵略の苦しみを受けたので、他国を侵略することも非常に嫌う。

 大国意識が強い。 自分の国の文化が最高だと思っており、これに自負心を持っている。

 人種偏見はない。

 陰鬱なところがある。 他の人は、その心の内を理解できない。

 温厚で、忍耐強い。

 保守的、簡単には変らない。

 生活のリズムが緩慢である。

要するに、厳しい環境の中で数千年鍛えられた中国人には、楽観的な心が少し足りないように見受けられる。 次は、ある側面から中国人が持つ独特の知恵を探ってみる。

“ゆっくりいこう”(慢慢儿来吧)------中国人の生活の知恵

本世紀初頭、船が主要な交通手段だった頃、初めて中国の港に着いた外国人は、港で働く労働者達の働くリズム、特に働く時の掛け声のリズムに驚かされた。 クーリー(苦力)と呼ばれた中国労働者達が、なんとも形容しようのない掛け声をかけながら働いていた。 その拍子はとてもノンビリしたもので、一緒に働いている者達の動作もそれにつられてノンビリとなった。 比喩が適当でないかも知れないが、中国の公園の早朝、太極拳をやっているテンポと似たり寄ったり。 この光景を見て、せっかちな気性の日本人は驚きあきれて、“この国の人間はどうしてこんなにダラダラしてるんだ?”と思う。 日本人にとっては、中国のクーリー達のこのノンビリした労働は、わざと怠けているとしか見えない。

旧上海で日本人が人力車に乗る時は、きまって杖を振り上げて日本式中国語で、“早く、早く!”と大声を上げていた。 せっかちな日本人は、人力車に乗ったら出来るだけ早く目的地へ着きたがるので、人力車夫は日本人の客を乗せるのを嫌がった。

旧満州の炭鉱や港で、よく日本の現場監督がムチを振り回してクーリー達に、“早くしろ!、早くしろ!”と言ってたのを見かけたものだ。 こんなことだから、賃金がよっぽど高くない限り、クーリー達は日本人の下で働きたがらなかった。 当時、中国にいた日本の企業家達は、ほかの中国語はわからなくても“ゆっくり”(慢慢地)という言葉だけはわかっていた。 それが、中国の労働者を形容する言葉だということも。 しかし日本人は、実のところわかっていなかった。 クーリー達が見たところサボっているようにノンビリ働いているのは、長時間働く時の知恵なのだ。 日本の労働者のようにムチャして働くと身体がもたなくなってしまう。

中国人は日常生活のリズムでも、ノンビリしているだけでなく、商売でもノンビリしている。 香港、深圳の不動産の賃貸契約では、期間が30年、40年もっと長いのでは“99年”なんてのがある。 賃貸契約が一般に2年か、3年といった日本人

からすると、これは冗談ごととしか思えない。 中国人の歩き方からも、ゆっくりした生活態度が見て取れる。 北京、上海といった忙しい大都市でも日本人のように小走りで歩く中国人は見当たらない。

中国人は戦争の時でさえノンビリしている。 三国時代、劉備が蜀の大軍を率いて呉の国へ攻め込み、夷陵まで近づいた。 長江(揚子江)の中流の北岸に位置する夷陵は、軍事と交通の要衝でありひとたび突破されると、呉軍の根拠地江陵と夏口も取られてしまう。 しかし、蜀軍は夷陵の近くまで進軍したところで軍隊を停めた。 遠征の疲れを取ろうとしたのだ。 夷陵を守備している呉軍の将校達も籠城戦術をとり、敵方の疲れをついて反撃に出る構えにでた。 呉軍は半年待った。 蜀軍が疲労困憊なのを見て反攻に出た。 火攻めで蜀軍を徹底的に打ちのめした。 もし日本軍だったら、多分呉軍のように半年も辛抱強くノンビリ待つことなどできなかったろう。

なにはともあれ中国の軍隊は、ゆっくりノンビリ戦術で敵を倒す不撓不屈の戦術が特長である。

中国人のこの“ゆっくりいこう”の態度は、優れた点が多いとはいえ欠点もある。 “ゆっくり”の欠点の一つは、時間の観念がないということで、つまり分秒を争う気持がないのだ。 中国の農村では、会合を開いても1,2時間遅れることは決して珍しいことではない。 “荘子”の中に、“尾生の信”という話がある。 その大意は、“尾生が恋人と某月某日某地の橋の下で会う約束をした。 しかし尾生が約束した場所で何時間も待ったが恋人は現れない。 大雨で川の水が増水してきたが、尾生は立ち去ろうとせず、橋げたに掴まったまま溺死してしまった。 このことから中国人は“尾生の信”を約束を守る信用できる人と形容するようになった。 ところが日本人から見ると、約束を守らない恋人を待って死ぬなんて、まったく無意味だとなる。

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