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152 中国は見る(63) 中国は「世界の工場」という表現について

日本の一商社員が 中国の「世界の工場」に苦言を呈する

 2006-01-16 15:42:13 :一个日本在华员中国世界工厂

本文网址:http://bbs6.news.163.com/board/rep.jsp?b=zhongri&i=365391 

私は“エコノミック・アニマル”といわれる典型的な日本商社の一員です。 中国へ来て6年あまりになります。 この間、中国の5つの都市で仕事をし、暮らしてきました。 中国語は聞き取れますが、話すのはあまりうまくありません。 中国の文字も書いてあることは、大体の意味はわかりますが、書くことはできません。 中国が“世界の工場”と称されることについて、自分の認識、私個人の感覚から言わせてもらいますと、中国の生産能力は長足の進歩をとげました。 しかし、“世界の工場”ということになりますと、まだまだ先のことではないかと思います。

1.“世界の工場”は“血と汗の工場”ではない

日本人をアリに譬える人がいました。 しかし、苦しみ耐え忍ぶ中国人と比べると、日本人は大きな違いがあります。 中国の珠江デルタ、長江デルタ、江浙一帯の会社の多くの技術は立ち遅れており、製品はどれも同じ。 きっちり管理されていない家族式会社であって、これら会社の技術は低く、利益率も悪い。 唯一、長所としては、アリのように苦労し、牛馬のように働く従順な中国人が頑張っていることです。 労働者の毎日の労働時間は10時間以上。 粗末な部屋に住み、最低の生活を送り、基本的な社会保障もなく、時間当たりの賃金計算では世界最低だと思う。 出来高払い賃金の工場だと、労働者の平均労働時間は12時間以上にもなり、監督が無理やり休ませようとしないと休もうともしない。 私の会社に勤めている女性たちも黙々と10時間以上働いているが、彼女等を指導したり監督する人はいない。 ほかの工場の女性たちより収入がちょっといいので、彼女たちはそれでいいと思っている。彼女たちは収入の80%を家へ送金しているが、不思議に思う人はいない。 日本人から見れば、彼女等の残ったお金だけでは最低の暮らしに足りないだろうし、ましてや部屋代、水道代も払わねばならないのだ。 私は以前、東南アジアの国々でも働いたことがある。 後進国のミャンマーでさえ、残業させることはむずかしかった。 その上、いろんな要求を突きつけてきた。 フィリッピンでは、こんな辛い仕事はやらないし、一ヶ月働いたら一ヶ月休み、前月分の給料を全部使い切ったら、また働きに来るといった調子。 インドネシアでは、こんな仕事には来る人がいない。だから私が思うに、こうして世界の仕事が中国へ回って来たのは、中国人の血と汗、苦労によるものだと思う。 これら工場は、世界のほかの場所では出来なかったものだ。 中国を除いて。

2.熟練した労働者がいないと 世界の工場にはなれない

中国の南方、北方の各都市には多くの失業者が就職のチャンスを待っている。 しかし、技術を持った熟練労働者は少ない。 これは、中国の大部分の会社が長期計画を持たず、技術の大事さに関心を持たなかったからだ。 農村から沢山の労働者が、今年はこの会社、来年はあっちの会社、今年は靴、来年は服装と産業の流動化はすごい。 でも大切な組織管理や基本的な職場での育成教育がない。 会社も長期計画がないため、往々にして売れるものがあるとなると、ワッと群れをなして同じものを作る。 従業員たちの技術も商品が変わるたびに変わる。 また、大体このような状況だから、会社は今までいた従業員を解雇し、新たに募集して人を集めたりする。 だから、ほとんどの労働者は一つの技術を長い間じっくり時間をかけて覚えるということがない。 会社の技能は高められるわけがない。 日本は技術開発で優位を占めている訳ではないが、世界で比べるものがないほど技術に精通した者が多い。 彼等は、その仕事に何十年と携わっており、器用な手で世界で最も精密な製品を作り出している。 この器用な手は学校では教育できないものだ。 また、短期の訓練では到達できない。 長年の蓄積によって生まれるものだ。 中国人は日本人より器用な手を持っている。 精巧ですばらしい工芸品を作り出している。 しかし、現在の中国の会社の採用方式では、その手を鍛える場もなく、まるで流砂のように、今年はこっち、来年はあっちと流れて行き、彼等が技術の訓練を受けるに必要な条件はまるでない。

3.一定規模の会社でないと 世界の工場にはなれない 

中国の会社の大部分は規模が小さい。 同一製品を作っている会社もみな同じだ。 もし、日本のレベルで言うとこれら会社は町工場といった所だ。 とてもまともな製品を作るレベルではない。 中国の工場が密集している珠江デルタ地帯の全部の工場を合わせた年間生産額は、日本の大企業の一社の総生産額に過ぎない。 同様の商品を沢山の会社が別々に作っており、その結果操業短縮やコスト高となり、技術開発に資金を回す余裕がなく、技術開発の人材を養成する資金すらない。 また、労働コストの安さのため、企業側も先進技術設備導入意欲が見られない。

珠江デルタ地区で、テレビ、電子レンジ、空調、冷蔵庫、電話など低技術家電製品の専門会社や町工場のような会社は数え切れないほどある。 しかし、世界に名が知られたブランドはない。 服装品、靴、帽子、オモチャにしても同様で、最低レベルとされる生産設備を持っている会社は見当たらない。

4.低レベルの技術では 世界工場にはなれない

世界に名の知れた企業は、自らその商品を開発する能力があり、研究を積み重ね、生産、販売、サービスを一貫して行っている。 それに対し、大方の中国企業は基本的に模造品あるいは代理生産だ。 技術的には、他に頼らざるを得ず、利益のうまい部分は人に横取りされている。 中国の研究システムと生産システムは大体が切り離されている。 商品開発能力は低く、基本的には模造品が主流で、自主開発製品は極めて少ない。

5.効率の悪い管理方式では 世界工場にはなれない

企業の生産活動はますます進展し、管理に対する要求もますます厳格さが要求されている。 しかし、これこそ中国に不足しているものだ。 中国の会社の総数は日本より数が多い。 しかし、まともな生産工場施設を有する会社は少ない。 大部分の設備は外国からの輸入だ。 中国で最も不足しているものは生産能力ではなく、生産工場施設の組織管理能力である。

この工場施設は、普通の製品を生産するのと異なり、生産はベルトコンベア方式で、数年を或いは特定製品だけ作ることになる。 利潤を得るためには、関連する材料からメーカー、規格、基準等いろいろ複雑な要素を総合的に勘案し、時計のように組み立て、正確に動かすことが必要です。 一部の管理の乱れは、コスト増加、性能低下に直結します。 中国には、このような正確な組織的管理能力が欠けています。 効率の悪い国有企業の管理層、つまりお役所のような管理システムです。 規模の小さな会社にはこのような訓練の機会なんてまずないでしょう。

私が思うに、もし、航空機を中国で生産し、中国人が管理するとしたら建造費用は相当高くつくと思います。 私の個人的観点を申し上げるなら、中国に管理者がいないのではなく、管理者を科学的に選抜する基準がないんだと思う。 能力がなく、人格的にも問題のある人が、高給管理者の位置を占め、優秀な管理者の進出を阻害しているのです。

中国は世界のどの国よりガマン強い国民です。 しかし、技術的訓練がされていない人ばかりです。 世界には沢山の会社があります。 でも、何でも取り揃えて製品を作る会社はありません。 先端技術で自主開発した商品を作るという会社は非常に少ないです。 その会社は、ものすごく大きな生産能力を持っています。 その先端技術の生産工場施設を作り出すことは難しいのです。

中国が本当の意味の世界工場になるには、まだ相当先になると思います。 これから先の長い期間、中国が低レベル商品だけの加工基地に甘んじるなら、世界レベルに到達することは難しいと言わざるをえません。

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