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121 中国は見る(38)  私が出会った日本人③ 日本人と付き合ってわかった 中国人との違い

:真的接触日本人,无限的差距本文网址:http://bbs6.news.163.com/board/rep.jsp?b=zhongri&i=332464

彼は、85年生まれの留学生。  私の日本語教師として知り合った。 実際には、彼がアルバイトとして私の日本語の補習をしてくれたのだ。 最初に私が一番感じたことは、日本人は時間を守ること、仕事はまじめだということ。 最初の補習授業から最後の授業まで、本当にまじめだった。 毎回、約束の時間、場所にはいつも時間通り待っていてくれた。 私にも時間に遅れる悪い習慣を改めさせた。 相手のこのような礼儀正しく、まじめな態度に対して、私が遅れては申し訳なかった。 補習についても計画的で、たとえば時間が長くなると、休憩を入れたり、一連の問題を時間をかけてやる。 また彼は、いつも事前に準備をしていた。 こういうことは、中国の教師などはできないことだ。  私は、ヒアリングが弱かった。 ヒアリングには紙の資料がなく、テープだけだった。 それで、私は聞いてもらった上で、聞いた内容を書き写してもらいたいと言った。 思ったままを口に出したのだが、なんと彼は、家へ戻るとそれをやってくれたのだ。 次の日、私にノート一冊を渡してくれた。

中には、きちんと表題ごとの内容が記入され、その上、ノートの各項目毎に違った色の付箋をつけ、その表題が明記されていた。 その資料を受取った時、この日本人を改めて見直してしまった。 補習なんて、私と彼とのお金だけの取引じゃないかという人がいれば、私は皆に訊きたい。 中国の大学生家庭教師で、こんな風にまじめに他人の子を教える人がいるだろうか?

日本人についての二つ目の印象は、“礼儀正しい”ということ。 彼は非常に礼儀正しい。 いつも私に会うとき、必ずきちんと挨拶した。 それから、日本のおやつを食べさせてくれた。 最初、私は不思議に思った。 彼は、けげんな顔をしている私に、“人と初めて会うときは、相手に贈り物をするものだ。 それが大きかろうと小さかろうとどんなものでも構わない。 また、補習で会うとき、彼はいつも時間通り、学校の前で私を待っていてくれ、それから教室へ行き、補習が終わると私を学校の外まで送ってくれ、バスに乗るまで見送ってくれた。

第三の印象は、“距離感”を感じたこと。 彼が私にどんなによくしてくれても、私は最後まで彼との間に距離感を感じた。 中国だったら、仲がいい友達とは付き合いが深まるほど、ざっくばらんに親密になるものだ。 しかし日本人とは、付き合いが深まるほど、ますます尊重するというか、礼儀正しくしなければならず、これがずっと彼との間のわだかまりとなっていた。

第四の印象は、“団結”だ。 私は、彼一人しか知らなかったのだが、ある事で日本人の団結を目にすることになった。 彼等の学校で留学生の演芸会が開かれることになり、彼が私を誘ってくれたのだ。 留学生の出し物は国単位で行なわれる。 要するに、ぞれぞれの国のイメージを代表する出し物ということだ。 彼等が演ずるのは“ソーラン節”というもので、沢山の人が参加する。 踊りは奇妙なもので、彼がどこにいるかまったくわからない。 踊りが終わった時、彼がやってきて私に、“踊りどうだった?”と訊いた。 それで、私が、“残念なんだけど、踊ってる人が多くて、先生のことがわからなかった”と言った。 もし中国人だったら、みなどう答えると思う? きっとこう言うでしょう。 “私は何列目にいたんだ。 なんで見てくれなかったんだ?” しかし、彼の答えは私を驚かせた。 彼は笑いながら、“そんなのいいさ。 僕たちの全体の演技をみてくれればいいんだ。 これは、団体の出し物だから。 君は、我々日本人留学生の全体の踊りを見てればいいのさ” 彼等の集団主義は、私たちのようにスローガンを叫ぶのとは違うようだ。 彼等は、心の中に集団主義をもっているのだ。 演技を終えた後、彼等日本人は集合していた。 もし中国人だったら、とっくに逃げていたろう。 集合がすんだら戻るからと、彼は私に待つように言っていた。 私はそばに立って見ていた。 日本の留学生全員が整然とその場に並んでいた。 前に立っているのは、彼等のリーダーなのだろう。 大きな声で何やらしゃべっていた。 そのうち、みな一斉に大声で“ハイ”というのが聞こえた。 集合は短いものだった。 中国人の指導者のような長ったらしい話はなかった。 そのあと、みな頭を下げながらお互いに“ご苦労さま”と言っていた。 私たち自身を考えて見ると、演芸会なんていつだってゴチャゴチャしていたし、出席してない奴もいたし、ズラかる奴もいた。 留学生の彼等は、年は私たちと大して変わらないのに、彼等と私たちの違いはここだなと思った。

印象の五つ目は、“粘り強い”こと。 彼の身体から、私は日本人の息苦しさを感じた。 彼等には、礼儀の制約、社会的圧力が多くあり、日本男子としていおろいろ苦労してるのだろう。 彼はよく私をはげまして言った。 今、生活していて苦しいと思うことがあるかもしれない。 しかし、それは自分を高めるためのいい機会なのだ。 この辛さを乗り越えなければいけない。 私が、彼に、“泣いたことはないか?” と訊ねたら、彼は、“日本の男は泣いてはいけない。 プレッシャーがどんなに強かろうと、またどんなことがあろうと、男は泣いてはいけない” その時、私は彼にこう言いたかった。 “男だって泣け、泣け、罪じゃない” その一方、日本の男性の強い社会的責任ととプレッシャーに同情しながら、また一方で中国の男子として劣等感を感じた。 現在の男子大学生の多くが、失恋で大泣きしている。 周りを見てご覧なさい。 我慢できる奴なんかいない。 私だって、適当な涙は構わないと思っている。 だけど、多分これは中国人の多くが口実にしてるんだろうと思う。私が問題を解いていて出来なかった時、彼がそばでコブシを握って、日本語で“ガンバロー”と言ってくれたら、やる気が出てきたことがあった。

彼と付き合っている中で、ちょっと“ギクシャク”したことがあった。 彼はよく“なぜ” と訊いた。 ある時、彼と花壇のところに坐ろうとした。 私が新聞紙を広げて敷こうとしたら、彼は、“要らない” と言う。 私が、“汚れているから、敷こう” というと、彼は、“汚れていると思うんだったら、中国の人は食事した時、なんでゴミクズを地面に捨てるの?” 私は、一瞬返答に詰まった。 またある時、道を歩いていた時焼き芋屋があった。 学生が大勢取り囲んで食べていた。 彼が“食べよう”と言った。 私が“あれは不衛生だ、食べない方がいい” と言うと、 彼はまた私に、“君達は不衛生だとわかってるんなら、なぜきれいにしようとしないんだ? それに、不衛生と知っていながら、なんであんなに沢山の人が食べてるんだい?” 私は頭にきたので、すぐ答えた。 “じゃあ、危険を覚悟で食べに行きますか!” 彼の中国語のレベルではわからない言い方をした。 もちろん彼は聞き取れなかった。 この言葉を言ったとき、私はちょっと悲しくなった。 そうだ、私達はよくないものが沢山あるのを知っていながら、なんで改善しようとしないのか? やっぱり金がないからか。 じゃあ、こうして生きていくしかないか。

それから、私達はスーパーに行った。 そこは外資系スーパーだった。 規模は大きく、人の流れも多かった。 そのためか、トイレの数が少なく、利用者に応じきれず、多くの親が小さい子供を抱っこしてゴミ箱のあたりで、大小便をさせていた。 普段はいけないこととは思っていたが見過ごしていた。 彼はこれを見るや笑って言った。 “君達中国人は、どこでも子供に大小便をさせるんですか? 君も小さい時、こうだった?” 彼は多分、冗談で言ったと思う。 しかし、その時、私はカッとなって反撃しようと思った。 でも、私達の方に、まったく理がないのだ。 恥ずかしかった。 それで、彼に、“日本の子供はどうしてるんですか?” と訊ねた。 彼は、“日本の子供がもしトイレへ行きたいときは、親が連れて行く。 どこでも大小便させるということはない”

【追記①】

彼が今持っている携帯は松下製です。 中国へ来たばかりの頃、壊れてしまった。 彼は、私に付き添いを頼み携帯広場に行ったので、私は「三星」を奨めた。 私は「三星」の携帯がいいと思ったからだ。 あるいは“ノキア”もいいと奨めた。 しかし、彼は私の意見を無視した。 もっぱら、松下を見ていた。 私は、松下の携帯は並だと思っている。 そのあと三菱を見ている。 私は余計に不思議に思った。 なんでいいメーカーのものを買わないのか? 彼は、長いこと選んだ末、、三菱に決めた。 2000元(約30,000円)だった。 私は彼は金があるんだと思った。 同じくらいの値段だったら「三星」が買えるのに。 彼は、“三菱は携帯を始めたばかりだ。 松下のように知名度がないから、三菱を応援しよう。 私は国産しか買わない。 外国製品はイヤだ。 日本人は大体そうだ。 自国製品を使う。 自分のわずかな力だけど日本経済に貢献したい” と言った。 私は憂鬱になった。 私達は、携帯を買うなら「NOKIA」か「三星」あるいは「MOTO」だ。 しかし、これは仕方がないからだ。 中国国産の携帯は安心できない。 国がもっとしかりしないといけない。

【追記②】

最後の授業の時、彼は私たちを笑わせようとした。 私達にかくし芸を見せると言った。 みんなドッとわいた。 彼は、“月亮代表我的心”という歌を歌った。 歌は上手ではなかったが、随分練習したに違いない。 真剣に歌っていた。 歌い終わった時、私達は拍手を送った。 私達は目の前にいるこの日本人の真剣さに感動させられた。 私達は、いつになったら何事にも真剣に、向き合うことが出来るのだろうか?

 

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