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130 中国は見る(45)  2005年日中関係 (上)

靖国神社参拝から中国脅威論まで

2005中日系:从参拜靖国神社到中国威胁论

2005-12-26 06:58:42 来源: 中国青年(北京) 收藏此 网友评论 354 

12月22日、日本の気象庁は先に発表した“暖冬”予報を、今年の冬は過去二十年で最も寒い“厳冬”になると訂正した。

12月24日、日本内閣府は2005年度“外交世論調査”を発表し、中国に親近感を持つ日本人は32.4%で、1978年以降最低値を記録したと発表した。 これに反して、中国に対して親近感を持たない人が63.4%と最高となったという。

“厳冬”と“日中関係”は一緒に関係付けられやすい。 しかし、この寒さがひとしお身にしむ冬の最中、2005年の日中関係は国交回復以来33年の最低温度記録を更新してしまった。 2005年を振り返れば、今年はまた戦後60年目の日中関係でもあった。 “政冷経熱”は依然として総括語として使われている。 “経済”の熱は依然整然と熱い。 ただ、“政治”の冷たさはほとんど凍結状態になっている。

台湾問題

今年の日中関係の摩擦は台湾問題から始まった。

2月19日、町村孝信外相、大野宮統防衛庁長官はアメリカのラムス国務長官、ラムズフェルド国防長官といわゆる“日米安全保障協議委員会(2+2)を開いた。 会議後双方は共同声明を発表し、12項目にのぼる日米両国がアジア太平洋地域での共同戦略目標を発表した。 その中に、台湾海峡をめぐる問題の平和的解決を促す”という文言が日米共同の戦略目標の一項目として挙げられていた。

日米安全保障協議会共同声明がはじめて台湾問題に触れた。 これは、先に中国の【反国家分裂法】に対する牽制、また将来的には日米が“台湾で中国を牽制する”戦略を推し進める現れであり、中国の内政に干渉することであり、中国の統一を妨げるものであり、 中国の平和行動を阻む重大な動きであり、日米両国の膨張する軍事強権戦略の欲望を如実に現わしたものである。

教科書問題

日本人の多くが歴史に対して無知というか理解してないことについては、日本の歴史教科書を持ち出さざるをえない。 近年、歴史教科書をかってに改竄したり、歴史を美化するなど、全面的に後退した右翼版が現れており、中韓などの怒りは想像に難くない。

扶桑社の“新歴史教科書編纂会”が作った【新歴史教科書】が4年前検定を通り、日本と中韓間の外交問題を引き起こした。 今年また、4年に一度の教科書の検定の年にあたり、“新歴史教科書編纂委員会”は活動を起こし、採用率を10%にまで高めると一生懸命になっている。

教科書問題の日本政府の従来の態度は、教科書検定制度は国とは別個であるとして中韓の抗議に対抗してきた。 今年この問題は終了した。 しかし、4年後また日中関係の争点の一つになるにちがいない。

反日デモ

今年歴史教科書問題は、まず韓国で民衆のデモとして始まった。 激高した韓国国民の中には、指を切ったり、自分自身火をつけるものまで現れ、日本に抗議した。 この抗議の動きはすぐ中国にも広まり、それに加えて、日本の国連安保理の常任理事国入りに反対するネットでの反対署名運動とも重なり、ついには反日のうねりとなり全国を席巻した。

各地で続々と起こる反日デモは日本を震撼させた。 同じ日、日本ではテレビ、新聞を通じて目にしたのは、メディアが日本大使館、領事館をを猛烈に抗議している中国人の姿を繰り返し映す場面だった。 “愛国無罪”の叫び声が、日本のテレビのニュース時間のトップを占拠した。

それで、日本の人々の中には、驚き、理解できない、から怒り、憤慨する、はては2008年のオリンピック阻止を叫ぶものまで現れた。 中国がなんで反日デモを起こしたかの原因まで、真剣に考える人は少なかった。 日本政府とメディアが国民の注意力を事件の表層部分だけに引き付けるのに成功したと言える。 暮に行われる、2005年の流行語大賞の候補に“愛国無罪”も選ばれたほどだ。

日本の常任理事国入り  

2005年、日本の最大の外交活動は国連安全保障理事会常任理事国入りだった。 国連成立60周年という時期に、日本の外務省の悲願とも言うべき外交の宿願を果たすことだった。

常任国入りを実現するため、日本はドイツ、ブラジル、インドの四ヶ国と手を組むことにした。 各国の支持力を取りまとめれば十分支持票を獲得できると目論んでいた。 しかし、四国連盟にはそれぞれ“目の敵”がおり、またそれぞれ反対勢力を結成し、“反対同盟”を作り、四国連盟と対決することになった。

日本の常任国入りには、数千万のネットで反対署名を明確にした中国の民意がある。 しかも、中国政府は安保理改革にも立場を明確にして改革には期限を設定すべきでないし、改革案として広く認められないものの強行採決には反対を表明した。 まず、全体として納得できるものでなくてはならないし、発展途上国の代表を優先すべきである。

今年の日本の常任理事国入りの結果は、四国連盟が改革案提出を見送ってうやむやのうちに終わった。 この時、日本は戦略を転換し、四国連盟を抜け出し、ひとりアメリカに寄り添い次なる攻勢を仕掛けようと準備していた。 しかし、日本が国連の常任理事国入りするには、最終的には常任理事国の中国を避けることは出来ない。 迂回戦略は結局は同じことの繰り返しに終わった。

靖国神社

この数年、日中関係は何でかくもかけ離れてしまったのか? 日中首脳の相互訪問はなぜ4年余り中断しているのか? 結局それは、日本の首相の靖国神社問題に集約される。

国の内外の批判の声に対し、小泉首相は参拝に対して今年は表向き“必ず行く”から“適切に判断します”に変わった。 この言葉の解釈をめぐって小泉参拝は弱まったと見る向きもあったが、参拝の可能性は排除できない。 よしんば行くとしても、今年は第二次大戦終了から60周年にあたり、行けば日本のアジア外交は惨憺たるものになろうし、年末にはAPECおよび東アジアサミットの日程もある。 だから、小泉首相は多分年末年初の頃に参拝し、いくらかでも負の影響を抑えようとするんではないか。 しかし、言ったことはやりぬく小泉首相、やはり推測は皆はずれて、10月17日、靖国神社の秋季例大祭の初日、就任以来5回目の参拝を行った。 くしくも、中国の神舟6号が地球に帰還したその日だった。

この参拝行為は、小泉首相が8月15日“歴史を反省”するとした首相の演説に反するものであって、日中首脳が国際会議で会談する機会もダメにするものとなった。 

小泉首相は今、“なんで一つのことで首脳会談ができないのかわからない” という。 中国側はもうこれについて説明したくもない。 いずれにしろ、この問題は日中関係が正常な軌道に戻るための鍵である。

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