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79 中国は見る (1) 麻生外相をどう見ているか?

中国は見る (1) 

麻生外相をどう見ているか?

麻生新外相は失言多く 首相対応に苦慮する場面も 他の同僚は敬遠気味

首相哭笑不得令同僚退避三舍 日新外相常失言

http://news.163.com 2005-11-11 11:09:23 来源: 时报-人民网(北京)  网友评论 20  

小泉首相から外相に任命される前の麻生太郎は、決して目立ってる訳ではなく、人気もまあまあで、その上、これまで数々の失言を繰り返し、同僚議員や首相にまで迷惑をかけたことがある。 今度は、タカ派のイメージと強硬派が小泉首相の気に入ったようで、今や次期総理の有力候補の一人となった。 彼が日本外交の旗を握ることに、周辺国家は不安をかきたてられている。

莫大な資産 輝かしい家系

1940年9月20日、麻生太郎は福岡県飯塚市に生まれた。 他の政治家と違い、生まれた時から巨万の富を持っていた。 麻生の祖先は、早くから石炭を業としていた。 曽祖父の麻生太吉は“石炭王”として名を知られていた。 その後、麻生家はますます大きくなり、海上運輸、銀行、電力、病院、林業等多くの分野にまたがる大会社にまで発展した。

父親の麻生太賀吉が遺産相続した時、支払った相続税は日本第一となった程である。 麻生太郎は日本一の金持ちの家に生まれたと言っても過言ではない。

麻生一族は更に輝かしい政治的バックもあった。 曽祖父麻生太吉は、かって貴族院議員でもあった。 母方の祖父には、首相を5回も務めた吉田茂がいる。 妻の父は前首相の鈴木善幸。 妹は三笠宮寛仁親王に嫁いでいる。 麻生太郎の身の上には、日本の数十年の政治の歴史が凝縮されているという人もいるくらいだ。

麻生太郎の一生は順風満帆と言える。 若い時は男振りもよく、運動も得意で、射撃の名手でもあった。 1976年には、日本代表としてモントリオールオリンピックに出場したこともある。 彼は、日本の皇族が通う学習院大学を卒業後、アメリカのスタンフォード大学とイギリスのロンドン政治経済学院に留学した。 帰国後、麻生セメントの会社の社長を任され、経済界で頭角を現わした。 1979年、初めて選挙に出て、国会議員となった。 豊富な資金力で、麻生は政界でも次第に影響力を持つようになり、過去に5回入閣したことがある。 2001年、そろそろ時機到来とばかりに、小泉首相と総理の座をめぐり挑戦したことがある。 その時は残念ながら敗退した。 ただ、麻生は妥協を心得ている人でもあり、即刻、小泉陣営につき、郵政民営化では小泉首相を支持した。 そして今や、安倍晋三に次ぐポスト小泉の後継者の一人となった。 

祖父の傲慢な性格を受け継ぐ 

麻生太郎は小さい時に父を失い、母方の祖父、吉田茂を実の父親のように思っていた。 結婚後、常に吉田の側に従い有力な助手となった。 麻生太郎は、生まれた時から祖父の首相と同じ屋根の下に住み、その薫陶を受けていた。

日本の政治家は自分の主張と抱負を宣伝するため、自伝を出版することが多い。 しかし、麻生太郎は65年の間、唯一出したのは祖父吉田茂について語ったものだけである。 《祖父吉田茂の流儀》(流儀とは気骨という意味である)という題の本の中で、子供の頃の祖父についての思い出を記述している。 その中にこういう話がある。 吉田茂が政界に足を踏み入れた頃、前途有為の青年であった。 時の首相に気に入られ秘書にならないかと誘われた。 しかし、吉田茂は“あなたの秘書ですって? もし、私を首相にしてくれたら考えましょう”と言って平然と立ち去ったという。 実際のところ、麻生太郎も政界では冷酷、傲慢の印象を与えている。 これはその非凡な家系というよりも、一番大きいのは祖父の“気骨”を受け継いだもののようだ。

麻生から見ると、父親は成功した商売人である。 政治家としては成功しなかった。一生、祖父を補佐して終わった。 祖父こそ尊敬すべき人だった。 首相となることは、麻生太郎最後の人生目標である。 それだから外相になった時、記者に向かって自分が首相になるべく努力するなどと言った訳だ。

数々の失言は 新聞を読まないため

麻生太郎は舌鋒の鋭さから、政界でも一目置かれる存在だ。 小泉首相から、突如、外相に指名された直後、余計な一言を言ってしまった。 が、今回の“失言”は小泉首相にとっても言うべきことばがなかった。

任命当日、《朝日新聞》記者が麻生に、小泉首相に引き続き次期自民党総裁をやってもらいたいか? 質問したところ、麻生は次のように答えた。 “首相が引き続きやるかやらないかは、小泉首相本人の「気性」―――「気性」ではない、性格かな? ご本人の性格からして、言ったことは必ず実行するかただ。” 新外相の記者会見は、日本の書くテレビ局から生放送され、皆の知るところとなった。 このような失言癖のある人が外相を担当して大丈夫だろうかと、心配する向きも多い。 ネットでは、多少からかい気味に“小泉首相の「気性」なんて、わかる奴なんかいない。 まったくトンチンカンなんだから。”

麻生の“失言癖”は、漫画にのめり込んでいることと関係してるという、麻生は、アメリカ留学当時、母親に毎週漫画を二冊送らせていたほどで、これまで漫画を欠かしたことがない。 政務が多忙の中でも、漫画を毎週20冊あまり読んでいる。 ところで麻生は新聞はキライで、これが社会とのギャップを生み、しばしば“失言”させるのだという。 麻生は、歴史問題と外交問題で強硬ということで知られている。 その発言は、よく隣国の強い反発を招いている。

麻生が、靖国神社参拝を主張したり、2003年には日本の朝鮮半島の植民地政策を美化した発言をして、強い批判を受けた。 彼の就任当日、北海道の少数民族(アイヌ)が小泉首相に抗議文を送った。 それ以前に麻生が、“単一文明、単一民族”と発言していたからである。 親台湾団体の“日華関係議員懇談会”の副会長として、李登輝の来日を支持したこともある。 だが、麻生の尊敬する祖父吉田茂は、かって60年代には“日中覚書貿易”(LT貿易)を促進し重要な貢献をしたことがある。 従って、麻生一族は決して中国との友好的要素がない訳ではない。

このようなタカ派の人間が外相になったことについて、日本のメディアは不安を表明している。 《朝日新聞》は社説の中で、外相は日本と隣国のトゲトゲしい関係を修復する役割にふさわしい人でなければいけない。 麻生太郎は、私たちが期待する人選とは思えない。 麻生自身すら疑問を抱いていた。 《読売新聞》によれば、麻生が小泉首相から任命の辞令を受けた時、“私のようなタカ派が外相になっていいんですか?”と聞いたら、小泉首相は、“タカ派の方が、外交はうまくいくもんだよ”と答えたという。

 

小泉首相の願いどおりになるかどうかは、麻生の“口”、如何にかかっていると言えよう。

 

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