« 82 中国は見る (4) 日中首脳会談について | Main | 84 中国は見る (6) 日米首脳会談について »

83 中国は見る (5) 日米関係について

日米関係:日本は“妾(めかけ)”から“愛人”に

日美系:日本从“小妾”成了“情人”

http://news.163.com 2005-11-15 15:39:00 来源: 人民网(北京)  网友评论 1

アメリカのブッシュ大統領は15日、日本を訪問、小泉首相と京都で会談することになっている。

ブッシュ大統領のわずか2日という訪日とその後のスケジュールから見ると、韓国の釜山で行われているアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会合への出席を兼ねての道順としての訪問のようだ。 だが、日本とりわけ“誠心誠意”日米関係に尽力している小泉首相にとっては、ブッシュ大統領の訪日は、強固な“日米関係”を誇示できる絶好の機会である。

米軍“再編”は 日米“強化”のため

ブッシュ大統領の訪日には、前提条件があったが、この前提は先月、首尾よく解決できた。 10月29日、ワシントンで日米両国の外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2+2)の会談で、《日米同盟:今後の改革と再編問題》が合意された。 要は、在日米軍の再編と日米軍事一体化を強めることだ。

《日本経済新聞》は記事の中で、日米が合意した新しい同盟戦略は、表面的にはアメリカ海兵隊の7千人が沖縄から出て行き、アメリカ軍は日本に普天間飛行場を返すということで、アメリカのアジア太平洋地域での力が弱まったように見える。 しかし、これと同時にアメリカ軍は本土の陸軍第一軍司令部を日本の神奈川県にある座間基地に移転し、海外戦略を指揮する拠点司令部にしようとしている。 実際は、アメリカがこの地域で、一朝ことあればすぐ応戦できる能力が強まったといえる。

また、沖縄から撤退する海兵隊はグアムに移るのであって、仮想敵国の正面攻撃を避けながら、一方、長距離出動にはなるが、いつでもアジア太平洋のいかなる地域に、行くことが出来、その機動性、攻撃能力はいささかも劣っていないばかりか、却って増強されたと言える。

“保護”から“協力”へ

軍事的色彩を強めている日米同盟のもう一つのキーポイントは、日米の軍事力“一体化”の動きである。 この新しい動きは、アメリカが日本を“保護”する役割から、次第に日本と合同で軍事行動を実施する方向に転換することを意味している。 日米軍事力の一体化とは、日米の基地共有や情報の共有、自衛隊のアメリカでの訓練強化、日米軍事演習の強化、作戦計画の確定などがある。

イメージとしてたとえるならば、日米同盟の関係は、以前の日本は“妾(めかけ)”の役を演じたといったところか。 つまり基本的には、アメリカの鼻息をうかがい安全と防衛のすべてをアメリカの旦那に頼っていた。 しかし今、日本はだんだん“愛人”役にのし上がり、その軍事上の独立性と機敏性を強め、自己の防衛責任を担当すると共に、日本の軍事力のしばりをなくし自由にしようとしている。 軍事力の一体化に伴い日米の軍隊は、日本ではまるで同一軍隊かのようで、ただ部隊名が違うだけのようだ。

軍事上の“一体化”は 

政治的には“兄弟”の如き親密さと同意義

1995年―1996年にかけて、日米同盟は一度危機に陥ったことがある。 原因は一つには冷戦終結後、日米同盟が一時“敵対的目標”とする“仮想敵国”がなくなったこと。 もう一つは、日本には憲法上、武力の使用についての規定があり、湾岸戦争などアメリカ主導の軍事行動でアメリカに貢献出来なかったこと。 また日本国内で巻き起こった米軍基地返還要求の動き、そして日米貿易摩擦などが、一時期、日米関係を“漂流する同盟”といった混乱状態に陥らせた。

しかし、この食い違いも程なく両国の戦略上の必要性から、次第に解消されるというか、隠されていった。

共同で“敵”に向かう

橋本竜太郎首相在任当時の1996年に、日米両国首脳は《日米防衛協力指針》の見直しを盛り込んだ、冷戦後の日米関係の新たな枠組みを定めた“日米安全保障共同宣言”に署名した。 この枠組みの核心部分は、日米の新たな“敵”の確定にあった。

その後、1997年の新《日米防衛協力指針》を経て、1999年、日本の国会は《周辺事態法案》を通過させた。 そして2005年2月19日、日米安全保障協議委員会の共同声明で、初めて台湾問題を共同戦略目標に入れたことを発表した。

この間、日本は繰り返し政治的タブーを破り、アメリカの歓心を買う動きをした。 完全にアメリカ一辺倒の政策を行った。 2001年、小泉首相が政権の座についてからは、彼の目にはアメリカだけで他の国のことは見えず、アメリカが要求していることを口実またはきっかけに、自衛隊の軍事力のしばりを取り払い、政治大国への道に進もうとしている。 この動きは2003年に最も高まり、その年の暮には米軍支援を理由として、小泉内閣は自衛隊のイラク派遣計画を承認した。 これで、日本は戦後初めて戦争が行われている海外地域へ陸上自衛隊を派遣することになった。

アメリカの世界戦略上、台湾はアジア太平洋地域で最も関心のある所で、中国を封じ込めることはアメリカの現実的な選択でもある。 しかし、日本は地域的政治関係や歴史的つながりを無視し、更に、これより前からアメリカのための旗を振って応援し、今またアメリカと共に中国に対抗することは、軍事的色彩濃厚な日米同盟の必然的結果と言えよう。

|

« 82 中国は見る (4) 日中首脳会談について | Main | 84 中国は見る (6) 日米首脳会談について »

中国関係」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/88988/7145641

Listed below are links to weblogs that reference 83 中国は見る (5) 日米関係について:

« 82 中国は見る (4) 日中首脳会談について | Main | 84 中国は見る (6) 日米首脳会談について »