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13 八方ふさがり (その4)

 日本では、去る3月10日に東京大空襲60周年の追悼の催しがおこなわれた。 6月23日は沖縄戦終結記念の日、8月6日は広島の原子爆弾投下追悼の日、8月9日は長崎の原子爆弾投下追悼の日、そして8月15日には終戦の記念式典が執り行われる予定である。 

いずれの式典でも、今の平和が、かかる戦争の大きな犠牲の上に築かれている。 二度と戦争のない平和な世の中を作ることを誓うと式典では述べられるはずである。 自国の戦争被害を受けた方々に対する追悼は当然のことであり、戦争のない平和な世界を誓うことも結構なことである。 

私は映画が好きで、戦争映画もよく見た。 たとえば、「火垂るの墓」、「ひめゆりの塔」、「原爆の子」、「黒い雨」、「二十四の瞳」など、涙にくれた人も多いはずだ。 それから、中国を舞台にした「人間の条件」「戦争と人間」「大地の子」など、その時代の歴史の一端を見た思いがした。 

今度の「反日デモ」について思うのは、日本もこのように戦争の悲惨さを深く感じることができるのに、どうしてああいう「反日デモ」が起きたのか、その原因にまで思いをめぐらすことができないことだ。 ただ、「愛国教育」の行き過ぎだ、「投石」や「破壊」はけしからん。 と反発するだけでなく、過去の歴史についてもっと思いを致してもいいのではないか。 北朝鮮の「拉致問題」、沖縄米兵の「暴行事件」、アメリカの「愛媛丸沈没事件」、北京での「サッカー事件」などでの日本の反応は一様に熱い。 しかし、「過去の歴史」上の「南京事件」「七三一部隊」「強制連行」「慰安婦」等には冷たい。

もう一つ思うことがある。 それは、大空襲も、沖縄も、広島も、長崎も相手はアメリカだ。 コテンパンに打ちのめされたのに、今は無二の友好国である。 「反日」の中国、「嫌中」「親米」の日本。 何たる違いだろう。 一方は歴史認識を求め、一方は歴史認識直視を避けようとする。 「空襲」も「沖縄」も「広島」も「長崎」も「終戦」も負けたことは認めているが、「アメリカ」に対する「恨み」「反発感」はない。中国が「反日」を叫ぶように、今、日本人の中に「反米」意識を持つものは皆無に近いだろう。 不思議だ。 「反日」を叫ぶ中国と「反米」意識のない「日本」、この落差はなんだろう?  

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